茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? 「秋の接吻」続
(前回からつづく)
「秋の接吻」の中に
実際に、女性は存在したのでしょうか?
そう尋ねるのは野暮というものでしょうか?
◇
本当は、人などいない風景だったのではないでしょうか。
白萩の花を
ただ風が吹きつけているばかりの……。
◇
秋の接吻
ひとを愛して
愛したことは忘れてしまった
そんな瞳(め)が咲いていた
萩の花の白くこぼれる道
火山灰の白く降る山の道
すすきを分けてきた風が
頬をさし出して
接吻(せっぷん)した
ひとを愛して
愛したことは忘れてしまった
――詩集「窓ひらく」
(岩波ジュニア新書「詩のこころを読む」より。)
◇
では、どこに
女性は存在するのでしょうか。
というと
やはり詩の中に存在するとしか言えないのです。
人を愛し
愛したことは忘れてしまった人が存在する、としか。
◇
すべては
詩の中にあります。
詩のなかにしか
詩はありません。
茨木のり子は
逐条解釈をしているわけではありませんが
第3行にある「そんな瞳(め)」を捉(とら)えて
詩の中にたちまち入り込んでいます。
「そんな」はさりげない形容動詞(連体詞とも)ですが
受けた内容はこの詩では格別に重大です。
そうして次のように述べます。
◇
その女のひとをいたわるように、
そっと接吻してゆくのは秋風ばかり
ずいぶんさびしいけれど、典雅な風景です。
(「詩のこころを読む」より。改行を加えました。編者。)
◇
すでに
「その女のひと」です。
えっ? どの女のひと?
みたいな感じですが
愛し愛したことを忘れたひとであることを
飲みこむことは容易でしょう。
このように
詩の背景(の事実)に
気を奪われる必要はありません。
詩に入り込むのが先決です。
◇
「秋の接吻」は滝口雅子の第3詩集「窓ひらく」に
収められています。
1963年の発行ですが
第2詩集「鋼鉄の足」で第1回室生犀星詩人賞を得たのは
1960年のことでした。
◇
途中ですが
今回はここまで。
« 茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? 「秋の接吻」 | トップページ | 茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? アウトライン・7つの詩集 »
「113戦後詩の海へ/茨木のり子の案内で/滝口雅子」カテゴリの記事
- 滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・追補2(2016.09.16)
- 滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・追補(2016.09.14)
- 滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・その2(2016.09.04)
- 滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ(2016.09.01)
- 滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「窓」の役割(2016.08.28)
« 茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? 「秋の接吻」 | トップページ | 茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? アウトライン・7つの詩集 »
コメント