茨木のり子厳選の恋愛詩/滝口雅子を知っていますか? 「男について」その2
(前回からつづく)
しゃっきりのびた女の2本の脚(あし)の間に起こる
生理現象(あるいは生体のドラマ)を
あたかも透視者のように男は知っている
――というのは
意外にも男が女のからだのシステムを知っているものだという
女(詩人)の驚きが含まれているのか。
という疑問を抱くのとほぼ同時に読者は、
しゃっきりのびた女の
二本の脚の間で
――の詩行にガーンとやられてしまい、
それをズバリと云う
女の脳天まで赤らむような
――の詩行に共鳴するのに任せたまま
詩の中の女とこの詩の作者との距離を推し測ろうとします。
そこに巧みな倒置と省略がありながら
鮮烈なイメージの衝撃をうけて
第2連へと読み進んでいきます。
男と女の断絶が歌われているのかと
身を乗り出す思いで。
◇
第2連は、
早く死んでくれろ
早く死ねよ
棺(かん)をかついでやるからな
――という3連打に見舞われながら読み通して
第1連でもそうだったように
特定の刺激的な詩行がこびりつくのを払い落とそうとする構えになります。
それで、ほかの行をよく読もうとして
全体に目を配ります。
◇
すると
棺(かん)をかついでやるからな
――という終わりの行は
女が死んだ後の心配までしている男のセリフ。
生きている人間は
他人の死を所有することはできないのだから
そもそも男のこのセリフは無意味なのに
女を自分のものにするために考えついた究極の殺し文句でもあるな
それを無意味と知っている女は
悪くは思わないだろうなどと想像します。
◇
第1連で、男は知っている
第2連で、男はねがっている
連の冒頭1行で
女(詩人)のまなざしは断言的であり(客観的であり描写的であり)
第3連では、男は急いでいるのです。
その一途(いちず)さ、強引さ、勝手ぶり……
神エホバもそうしたものであると信じる男の掌(てのひら)は
脂(あぶら)で湿っている――。
そのように急いでいる、とまなざしを向けるのです。
男と女の
断絶であるかのように
親密さであるかのように。
◇
茨木のり子は
この詩を他でもない恋唄として取りあげました。
そう書いている部分を読んでおきましょう。
◇
男性への憎悪(ぞうお)をテーマにした詩ととらえる人も多いのですが、
私は愛憎こもごもの男性への恋唄と、とっています。
こうでなければ男といえない面もあるからで、
かなり年上の女が、かなりのゆとりをもって、
男のうとましさ、いとおしさを、
突きはなして思いやっているような、複雑な味わいをもち、
まごうかたなき詩であって、上等のワインのようなコクがあります。
(「詩のこころを読む」より。改行を加えました。編者。)
◇
「男について」は
滝口雅子の代表作の一つとしてばかりでなく
日本を代表する女性詩の一つとして海外で注目されることになるのは
茨木のり子が読んだような「外国のいい詩の名訳」のような味があるからのことでしょう。
読みようはさまざまにありますが
その人が読んだように詩はあり
日本語以外の言葉を話す人の読みようがわかる気がする詩です。
◇
男について
男は知っている
しゃっきりのびた女の
二本の脚の間で
一つの花が
はる
なつ
あき
ふゆ
それぞれの咲きようをするのを
男は透視者のように
それをズバリと云う
女の脳天まで赤らむような
つよい声で
男はねがっている
好きな女が早く死んでくれろ と
女が自分のものだと
なっとくしたいために
空の美しい冬の日に
うしろからやってきて
こう云う
早く死ねよ
棺(かん)をかついでやるからな
男は急いでいる
青い“あんず”は赤くしよう
バラの蕾(つぼみ)はおしひらこう
自分の掌がふれると
女が熟しておちてくる と
神エホバのように信じて
男の掌は
いつも脂でしめっている
――詩集「鋼鉄の足」
(「詩のこころを読む」より。傍点は“ ”で示し、促音「つ」は現代表記「っ」に直しました。編者。)
◇
途中ですが
今回はここまで。
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