滝口雅子アウトライン特別編/茨木のり子の恋愛詩集「歳月」/「恋唄」
(前回からつづく)
(滝口雅子アウトラインを離れています。)
◇
恋唄
肉体をうしなって
あなたは一層 あなたになった
純粋の原酒(モルト)になって
一層わたしを酔わしめる
恋に肉体は不要なのかもしれない
けれど今 恋わたるこのなつかしさは
肉体を通してしか
ついに得られなかったもの
どれほど多くのひとびとが
潜って行ったことでしょう
かかる矛盾の門を
惑乱し 涙し
(花神社「歳月」より。)
◇
あなたの肉体が消えてしまっても
(イメージの)エキスと化したようだわ。
原酒(モルト)になって
わたしをこうして酔わせてくれる――。
これなら肉体は不要なのかもしれない
――と思うそばから
いや、そう思えるのは
肉体の記憶があるからだと考え直す。
やっぱり
恋しさの出所(でどころ)は
肉体。
あれがあったからこそ
いま、こんなに恋しいのだ。
この矛盾の門を
多くの人がくぐり抜けてきたのでしょうね。
混乱したり、悲しみに暮れたりしたりして。
――と、このように読みをほどこすと
まったく抜け落ちてしまうものがあり
それが詩(の実体)ですから
詩を見失わないでください。
詩から離れないでください。
◇
純粋の原酒(モルト)のように酔わせるものという
この純粋のモルトとは
不在の像(イメージ)であり
思い出の形であり
形に漂う面影(おもかげ)であり
……
素手でつかもうとすれば消えてしまう
気体(エキス)のようなもの
幽霊のようなものなのでしょう。
詩人は純粋のモルトのようなその香気につつまれ
心地よい酔いにひたりますが
ひたればひたるほど
肉体の不在を思い知ることになります。
アガペーのようなものであっても
それ自体の実在を知覚できるものではない。
それを手に入れることができたのは
肉体の経験を記憶しているからでしょ。
エロス(肉体)の経験が
モルトに醸造されているからこそ
この恋しさ、なつかしさがわたしを酔わせている。
◇
矛があり盾がある――。
この裏腹の関係の
一方(肉体)は
もはや手に取ることはできないのですから
はじめから無いものねだりをしているような
切ない憧憬です。
それを詩は歌います。
それを歌うのが詩です。
その詩のタイトルが
恋唄とされました。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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