滝口雅子を知っていますか?/第1詩集「蒼い馬」へ・その2「問いかけ――序詩」
(前回からつづく)
太陽
太古世代
はちゅう類の中生代
森林
アンデス山系やパミール高原
上昇する気流
化石
太古の宇宙に遠のく星
何億万年の年れい
地表
<近代>
……
「女のひとは」が抱える時間や空間が
恐ろしく巨大であるからといって
知覚できないほどのものではありませんから
これは形而上の光景を指示しているものではないでしょう。
「女のひとを吹きぬける太古世代の風の音」は
(敗戦から2年後の)1947年5月に
青い麦の田野に立つ女性に吹いているのです。
◇
「蒼い馬」の最終詩「女のひとは」は
詩集冒頭の序詩「問いかけ」へ流れこんできた長い時間を振り返っては
ふっとため息がもれるような
安息するような
未来を見晴(みは)るかすような現在の詩人の眼差しを示していることでしょう。
長い時間がどのようなものであったか。
詩集を読めばそれに触れることができると
序詩と最終詩とが教えてくれます。
その序詩「問いかけ」は
滝口雅子という詩人が
日本の詩壇に発した最初の一声です。
◇
問いかけ――序詩
空の庭園の ひとつひとつの星の
ふきあげのかげに 黙って立ちつくす
人よ
地上のかなしみを どんなふうにして
過ぎてきましたか どんなふうにして
天の星までたどりつきましたか
(「新編滝口雅子詩集」より。)
◇
ここにも星があります。
熱砂ふる太古の宇宙に遠のく星たち
――と「女のひとは」に現れた星が。
◇
万感こもるものを
こぼれないようにこぼさないように
詩人の眼差しは天空に向けられているように思えてなりません。
「女のひとは」で
その星の彼方から
風の音は聞こえてきました。
「問いかけ」に現れる
ひとつひとつの星と
この星が異なるものであるはずがありません。
◇
人よ
――と「問いかけ」で呼びかけられるその人は
詩を読む読者でありますが
この詩を歌った詩人その人でありそうです。
詩集「蒼い馬」の世界が
こうして開かれます。
◇
「新編滝口雅子詩集」(土曜美術社)の二つある解説の一方で
詩人の白井知子は次のように
第一詩集「蒼い馬」までの長い時間について記しています。
1938年に上京してからこの詩集の上梓まで、17年の歳月がかけられた。詩集の「あとがき」には
「……私の生いたちもあり、また第二次世界大戦で、20年住んだ故郷朝鮮の、そこにある一切の有形
無形を失いましたから……」と記されているが、この歳月は、生々しい体験を虚構に鍛えあげ、詩人滝
口雅子を鍛えあげた、機熟するためのものであったと言える。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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