折にふれて読む中原中也の名作/もう一つの「いちじくの葉」
風
いちじくの葉
電線
蝉
……と僕の「こころ」が
繋(つな)がっているようです。
電線から蝉の声が聞こえてくるところで
すべてが繋がってしまうのですね。
繋がって
すべてが揺れています。
そのうえ、いちじくは
葉が葉として揺れ
枝としても揺れています。
◇
ではなぜ
僕は眠ろうか……とするのでしょうか?
眠りを誘うような風景では
微塵(みじん)もないのに。
◇
この疑問こそ
この詩を味わうきっかけです。
夏の午前の、いちじくの葉の
乾いた、眠そうな色の
弱い枝が揺れている――。
それを見ている詩人の眼差しは
空に向かい
電線をとらえ
蝉声を聞き……
陽は雲に隠れて
静かに「昏い」世界を
一瞬にして呼び起こすのです。
◇
「音く」とある誤記(誤植)を
「昏(くら)く」と読んで
「いちじくの葉」の詩世界の
不気味な(?)生命力みたいなものへ
立ち入っていくことが可能でしょう。
◇
「いちじくの葉」は
夏の午前を歌ったこの詩のほかに
夕方の「いちじくの葉」を歌った詩があり
両作品は対照的なようで似ています。
◇
いちじくの葉
いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、
風に吹かれて
隙間(すきま)より、空あらわれる
美しい、前歯一本欠け落ちた
おみなのように、姿勢よく
ゆうべの空に、立ちつくす
――わたくしは、がっかりとして
わたしの過去の ごちゃごちゃと
積みかさなった思い出の
ほごすすべなく、いらだって、
やがては、頭の重みの現在感に
身を托(たく)し、心も托し、
なにもかも、いわぬこととし、
このゆうべ、ふきすぐる風に頸(くび)さらし、
夕空に、くろぐろはためく
いちじくの、木末(こずえ) みあげて、
なにものか、知らぬものへの
愛情のかぎりをつくす。
(「新編中原中也全集 第2巻・詩Ⅱ」より。新かなに変えました。編者。)
◇
こちらは
1930年(昭和5年)秋の制作と考えられています。
中也は23歳です。
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