折にふれて読む中原中也の名作/「夜明け」
戦後すぐの1946年12月に
小林秀雄は自ら編集責任のポストにあった季刊誌「創元」に
「モオツアルト」を発表しました。
この「創元」に
中原中也の詩4作が載りました。
その4作が
「いちじくの葉(夏の午前よ、いちじくの葉よ)」
「朝(雀の声が鳴きました)」
「昏睡」
「夜明け」
――です。
選んだのは
もちろん小林秀雄でした。
(詩篇の選択に、青山二郎らの意見が取り入れられたことを否定できませんが。)
◇
4作のうちの「いちじくの葉」を除く3作は
1934年4月22日の日付をもつ作品です。
同日の制作に
「狂気の手紙」がありますが
小林秀雄はこれを採らず
「いちじくの葉」を選びました。
4作はいずれも
詩人生存中には未発表でしたから
制作者校閲を経過しない没後発表作品ということになります。
◇
よい機会ですから
これらの詩に目を通しておきましょう。
今回は「夜明け」です。
◇
夜明け
夜明けが来た。雀の声は生唾液(なまつばき)に似ていた。
水仙(すいせん)は雨に濡(ぬ)れていようか? 水滴を付けて耀(かがや)いていようか?
出て、それを見ようか? 人はまだ、誰も起きない。
鶏(にわとり)が、遠くの方で鳴いている。――あれは悲しいので鳴くのだろうか?
声を張上げて鳴いている。――井戸端(いどばた)はさぞや、睡気(ねむけ)にみちている
であろう。
槽(おけ)は井戸蓋の上に、倒(さかし)まに置いてあるであろう。
御影石(みかげいし)の井戸側は、言問いたげであるだろう。
苔(こけ)は蔭(かげ)の方から、案外に明るい顔をしているだろう。
御影石は、雨に濡れて、顕心的(けんしんてき)であるだろう。
鶏(とり)の声がしている。遠くでしている。人のような声をしている。
おや、焚付(たきつけ)の音がしている。――起きたんだな――
新聞投込む音がする。牛乳車(ぐるま)の音がする。
《えー……今日はあれとあれとあれと……?………》
脣(くち)が力を持ってくる。おや、烏(からす)が鳴いて通る。
(1934・4・22)
(「新編中原中也全集 第2巻・詩Ⅱ」より。新かなに変えました。編者。)
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