カテゴリー

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 滝口雅子を知っていますか?/「蒼い馬」から「水炎」へ | トップページ | 滝口雅子を知っていますか?/「水炎」から「人と海」へ »

2016年7月30日 (土)

滝口雅子を知っていますか?/海3部作の一つ「水炎」

(前回からつづく)

 

 

 

 

「蒼い馬」冒頭に

沈んだつぶやきは 海の底からくる

――とある「つぶやき」は

「蒼い馬」をつらぬく詩(人)のひとりごとであるかのように

詩全体を流れつづけます。

 

このつぶやきは

詩集中心部に置かれた「水炎」に至って

頂点に達するかのようです。

 

 

水炎

 

目をひらくと 海の底にいた

いつ 地上の歩みをふみはずしたのか

いつか地上が終りになるな と思ったことが

いま本当のことになったな

すきとおった薄い何枚もの水は

あとからあとからかぶさってきて

それは 瞳の上に

愛情やいろいろな感情の幕が

すべりおりてくるのに似ていた

さびしくて寒かった地上でも

はっきり目をあいていたのだから

水の底を進むときも 目をあいて

水圧で目が痛んでも 目をあいて

酸素の少い曇った地上では

人と人のあいだに たびたび夜がきて

人間から出る<いのちの線>がもつれたり

まっすぐにものを考えることも

生きるためには 差支えたり

それが終りになったのは

あたらしい別のものがくるのかな

 

岩や小石にからんだ海藻は

水の炎になって延びる

 

(土曜美術社出版販売「新編滝口雅子詩集」より。)

 

 

この詩は

つぶやきの詩といってもよいものです。

 

目をひらくと 海の底にいた

――という冒頭行の主格が

蒼い馬と同じ馬であることは明らかです。

 

「蒼い馬」では

馬が主格であり

馬という喩(ゆ)を通じて詩人のつぶやきが表明されるのに比べて

「水炎」では

馬の姿は消えたために

つぶやきはいっそう近づいて

詩人の肉声がじかに聞こえます。

 

 

いつ 地上の歩みをふみはずしたのか

いつか地上が終りになるな と思ったことが

いま本当のことになったな

 

とか、

 

それが終りになったのは

あたらしい別のものがくるのかな

 

――というように使われる終助詞「な」は

詩人自身が確認する声です。

 

詩人はいまも海の底にいます。

 

目をひらくと海の底にいて

地上の終りが本当のことになったのを知りました。

 

その喜びに似たような感情が

「な」に込められました。

 

 

長い時間が経過したのでしょうか?

 

深い眠りから覚めたようなことなのでしょうか?

 

奇跡が起きたのでしょうか?

 

蒼い馬の姿はないのにもかかわらず

蒼い馬はそこに存在しています。

 

 

さびしくて寒かった地上

酸素の少ない曇った地上

たびたび夜がきて

<いのちの線>がもつれたり(する地上)

……。

 

地上は終わりになったことが

詩(人)にはいまや見えています。

 

それが終りになったのは

あたらしい別のものがくるのかな

――と確認します。

 

この確認が

強い調子の確認であることを知るのは

末尾の2行にたどり着いて後のことです。

 

 

岩や小石にからんだ海藻は

水の炎になって延びる

 

この2行が意味するのは

突き詰めれば

海藻=水=炎。

 

「蒼い馬」に

からみつく海藻を払いながら行く

――とあった海藻と

水の炎と化すこの海藻とは異なるものではないでしょう。

 

そうであるなら

海藻も水も炎も

何か、奇跡的な転換へ向かっているような

延びるものであるような

あらしい別のものがくることの予兆と言えるものかもしれません。

 

 

「水炎」という詩の構造を

こうして少しはつかまえることができたのでしょうか。

 

自信はありませんが

「歴史 Ⅰ海への支度」

「蒼い馬」

「水炎」

――を海3部作と見立てれば

詩集の構造の少しはつかまえることができたかもしれません。

 

海をあつかった詩は

「蒼い馬」に他にもあります。

 

「夕陽の海」

「人と海」

「死の岬の水明り」

――と合わせれば海6部作となります。

 

 

詩人の孤独なたたかいの跡は

海の詩だけにでも存分に表白されていますが

それも一部であることに変わりありません。

 

途中ですが

今回はここまで。

 

« 滝口雅子を知っていますか?/「蒼い馬」から「水炎」へ | トップページ | 滝口雅子を知っていますか?/「水炎」から「人と海」へ »

113戦後詩の海へ/茨木のり子の案内で/滝口雅子」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 滝口雅子を知っていますか?/「蒼い馬」から「水炎」へ | トップページ | 滝口雅子を知っていますか?/「水炎」から「人と海」へ »