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2016年7月13日 (水)

アッバス・キアロスタミ追悼・その4/再録「オリーブの林をぬけて 」鑑賞記

オリーブの林をぬけて

1994 イラン



前作「そして人生はつづく」の1シーンを撮影する風景に、そのシーンに登場する青年が相手の

娘に求婚する物語をからませて、「劇外劇」「劇中劇」の様相を見せるキアロスタミ作品。


震災後4年を経たコケル村は、復旧が進んだが、山間に住んでいた人々の多くは、幹線道路

沿いに引っ越している。「そして人生につづく」で、監督役ファルハッドが新婚の若者に取材する

シーンがあったが、本作は、そのシーンの撮影現場を撮影しながら、そのシーンに起用された

若者ホセインが熱心に相手役の娘タヘレに求婚する様を追う。



「君のおかげで撮影が中止になった。彼女との間に何があった。話してくれ」という、監督の問

いに答えるホセインの「現在」を、ホセインに語らせよう。


 



エイノラの家で仕事をしていたときです。少し前のことです。その向かいが彼女の家

だったんです。彼女は階段に座って、勉強していたんです。僕が働いている目の前

で勉強していたんです。



彼女がおとなしく、よい娘に思え、きっとよい妻になる。彼女と結婚したいと思いました。

僕は仕事を続け、夕方まで働きました。帰る前に手足を洗いに行くと、彼女の母親も

泉にやってきました。水を汲みにきたんです。娘のことをはなすと、すごく怒って。


(なぜ?)


たぶん、彼女の母親には僕が本気じゃないとか、不真面目だとか、彼女に相応しくないと。


(わかった。それで?)


夜、服を着替えているとエイノラがやってきて、明日から来ないでいいと。きっと彼女

の母親に頼まれたんです。もっとよく働くひとを紹介するとか言われて。

地震が起こったのはその夜でした。エイノラの家族もお気の毒に。あの娘の家族も死にま

した。


(タヘレの両親が?)


ええ。


(それで?)


皆、死んだんです。喪に服して3日後にお墓へ行ってみると、人が大勢いたけど、彼

女とは会えませんでした。喪に服して7日後に彼女が両親のお墓にいるのを見つけ

ました。話をしようと思って近づいていくと、おばあさんにお祈りしろと言われた。僕

がお祈りを終えないうちに行ってしまいました。


(その後に会ったのか?)


ええ。喪に服して40日目に1度だけ会いました。


(どんな話をした?)


その日、お墓に行くとおばあさんがいて、僕は思いました。もし死ぬと知ってたら短

い人生を大切に思い、僕を傷つけなかった。もし僕に優しくしてくれていたら、きっと

彼女の家族は死なずにすんだろう。僕は思いました。僕の悲しい心が、皆の家族を

壊したと。


簡単に家を買えるわけないです。そのとき僕はやけをおこして言ってしまったんで

す。「今はもう誰にも家がない。僕もあんた方も、これで平等になった。たしかに僕に

は家がないけど、あんた方にもない。結婚の申し込みに返事をくれ」と。

そしたらこんな返事が返ってきました。本当に傷つきました。「皆、新しい家を建てて

いる。見えないのか」って。


(なるほどな)


僕は11歳のときから、家を建ててきたんです。


(君の職業はなに?)


レンガ職人の手伝いです。


(というと?)


レンガを積んだり、泥とわらを混ぜたり、なんでもやりました。皆、僕に言いました。

「家なしに嫁なし。お前には家がないから娘を嫁にやれないと。家なんて買えません。


(その後、彼女に会った?)


会いました。今日じゃなくて、先週の木曜日に撮影現場で監督さんに会ったときです。


(それで?)


もう1度、結婚の申し込みを、気が進まなかったけど、決心して行きました。


(どこへ?)


お墓です。そこで会いました。





この会話は、突然、ホセインがタヘレに最近会ったシーンの回想に転じた後、そのシーン

に「カット」という撮影中断の合図がかぶさるのである。ホセインがタヘルに会った「先週の

木曜日」=過去が、撮影している今日の木曜日=「現在」に直接連なって行き、連なった場

所は撮影で演技しているホセインとタヘレ、撮影中断で演技と離れているホセインとタヘレ

である。演技上(2人は新婚夫婦である)と現実上(ホセインがタヘレに一方的に求婚してい

る)のホセインが、演技上と現実上のタヘレと交錯するのである。



映画は、ホセインのプロポーズの執拗(しつよう)さ、熱心さ、熱烈振りに焦点をしぼっていくが、

「タヘレの心の変化」は不明だ。このシーンで、ホセインがタヘレに「OKなら本のページをめくっ

てくれ」と返事を迫るが、タヘレがめくりかけたページは戻されてしまう。タヘレが、本のページ

をめくりかけ、また元に戻してしまうこのしぐさは、なかなか暗示的であり、タヘルの心が開きか

けたことを示すのかもしれない。



エンディングは、撮影終了後に、独り徒歩で帰途につくタヘルを追うホセインをとらえる。緑なす

丘を越え、オリーブの林を抜け、野原を行くタヘレを追うホセイン。ホセインもタヘレも撮影用の

純白の衣服をまとい、野原を行く2人は緑の中の白2点になっている。ホセインの饒舌なほど

のプロポーズの声はもはや聞こえてこない。白い点は、ときに1点になり、また2点になり、野

原の端までホセインはタヘレを追うが、急に引き返す。



例によって、このシーンは遠撮され、ホセインの表情、タヘレの顔つきを見ることはできないが、

冒頭にしか流れなかった音楽がBGMとして流れ、ホセインが戻ってくる足取りに心もち軽快な

 

感じを与えていることに「恋の行方」が表現されているかのようだ。

(2001.5.11鑑賞&5.13記)

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