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中原中也を歌う(曲と歌:桜木うさこさん)

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2016年9月

2016年9月30日 (金)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/小林秀雄の家までの道・3

今から80年ほど前のことです、中也がこの地鎌倉に住んでいたのは。

小川の水面(みなも)を覗き込む足元は、コンクリートで舗装されていなかったことでしょう
し、道路というよりは畦道(あぜみち)だったのかもしれません。

向かいには、亀が谷切り通しから連なっているらしい崖(切り岸)が聳(そび)えています。

初秋の鎌倉の昼下がりは、トンビが天空に円を描き、ピーヒョロロと鳴く声が眠気を誘うほ
ど穏やかです。

民家も、現在ほど建て込んでいなかったことでしょうから、自然はいっそう間近なものだったはずです。

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2016年9月29日 (木)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/小林秀雄の家までの道・2

中也も川面をじっと眺めることがあったろうか?

小さな流れではあるけれど、扇川は、倦まずたゆまず、流れていました。

流れは、じっと見ていると、時の経つのを忘れさせるのでした。

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2016年9月28日 (水)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/小林秀雄の家までの道

寿福寺の前の道を北鎌倉方向へ少し歩くと寿福寺踏み切りがあります。この踏み切りを渡って線路沿いを歩いて、亀が谷切り通しの上り口にある小林秀雄の住まいを詩人は目指したことでしょう。

線路沿いには扇川という小川が流れ、ホタルやウナギが棲んでいるそうです。水源は源氏山にあり、鎌倉という「都会」に流れる清流の名にふさわしいたたずまい。透明な流れを今でも保っています。

9月27日、水面にアメンボの走るのが見られました。子どもたちのバケツには、オタマジャクシがありました。

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2016年9月27日 (火)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後・その2

昨夜おそかったので朝食後午睡。

夜会話書を読む。

青山二郎に手紙。

今月も無事に終った。

来月は帰省だ。

浴後詩なる。2編。

 

(角川書店「新編中原中也全集」第5巻「日記・書簡」本文篇より。新かな、洋数字に変えました。編者。)

 

 

これは、中原中也、1937年(昭和12年)9月30日の日記です。

 

この日から1週間後の10月6日、鎌倉養生院に入院。

10月22日午前零時10分、永眠しました。

 

 

日記は死のおよそ3週間前のものです。

 

「会話書」とは、フランス語会話の本のこと。

この頃、ランボーなどフランス詩の翻訳への意欲は衰えず

渡仏の希望を胸に秘めていたのかもしれません。

「浴後詩なる。2編。」とある詩は

未発表詩篇「秋の夜に、湯に浸り」と「四行詩」のことだそうです。

(同上書・解題篇より。)

 

それを読みましょう。

 

 

秋の夜に、湯に浸り

秋の夜に、独りで湯に這入(はい)ることは、

淋しいじゃないか。

 

秋の夜に、人と湯に這入ることも亦(また)、

淋しいじゃないか。

 

話の駒が合ったりすれば、

その時は楽しくもあろう

 

然(しか)しそれというも、何か大事なことを

わきへ置いといてのことのようには思われないか?

 

――秋の夜に湯に這入るには……

独りですべきか、人とすべきか?

 

所詮(しょせん)は何も、

決ることではあるまいぞ。

 

さればいっそ、潜(もぐ)って死にやれ!

それとも汝、熱中事を持て!

 

     ※     ※
        ※  

 

四行詩

 

おまえはもう静かな部屋に帰るがよい。

煥発(かんぱつ)する都会の夜々の燈火(ともしび)を後(あと)に、

おまえはもう、郊外の道を辿(たど)るがよい。

そして心の呟(つぶや)きを、ゆっくりと聴くがよい。

 

(同上書・第2巻「詩Ⅱ」本文篇より。新かなに変えました。編者。)

 

 

途中ですが

今回はここまで。

2016年9月26日 (月)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後

1937年(昭和12年)9月26日は

79年前の今日という日になりますが

中原中也は「在りし日の歌」の清書原稿を

小林秀雄に手渡した日です。

 

寿福寺敷地内の住まいから

当時小林秀雄が住んでいた扇ケ谷まで

歩いて10分ほどの道を辿りました。

 

「後記」が

この原稿の中にあったのは言うまでもありません。

 

さらば東京!

おおわが青春!

――とある「後記」が書かれたのは

この日の3日前のことでした。

 

 

後記

 

 茲(ここ)に収めたのは、「山羊の歌」以後に発表したものの過半数である。作ったのは、

最も古いのでは大正14年のもの、最も新しいのでは昭和12年のものがある。序(つい)で

だから云(い)うが、「山羊の歌」には大正13年春の作から昭和5年春迄のものを収めた。

 詩を作りさえすればそれで詩生活ということが出来れば、私の詩生活も既に23年を経

た。もし詩を以て本職とする覚悟をした日からを詩生活と称すべきなら、15年間の詩生活

である。

 長いといえば長い、短いといえば短いその年月の間に、私の感じたこと考えたことは尠

(すくな)くない。今その概略を述べてみようかと、一寸(ちょっと)思ってみるだけでもゾッと

する程だ。私は何にも、だから語ろうとは思わない。ただ私は、私の個性が詩に最も適す

ることを、確実に確かめた日から詩を本職としたのであったことだけを、ともかくも云ってお

きたい。

 私は今、此(こ)の詩集の原稿を纏(まと)め、友人小林秀雄に托し、東京13年間の生活

に別れて、郷里に引籠(ひきこも)るのである。別に新しい計画があるのでもないが、いよ

いよ詩生活に沈潜しようと思っている。

 扨(さて)、此(こ)の後どうなることか……それを思えば茫洋(ぼうよう)とする。

 さらば東京! おおわが青春!

                                     〔1937、9、23〕


(角川書店「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かな、洋数字に改めました。編者。)



途中ですが

今回はここまで。

2016年9月16日 (金)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・追補2

(前回からつづく)

 

 

 

 

死をみごもるというのは

死ぬということを意味しません。

 

その逆のことであることに

気づかねばならないでしょう。

 

 

未来があることを知るのは

未来に終わりがあることを知ることですし

未来には必ず死があることを知ることです。

 

「死と愛」の娘は

愛のさなかに

有限の未来を知ります。

 

それが

死をみごもるということの意味です。

 

そのようにして

娘は愛を生きはじめました。

 

 

詩集「蒼い馬」が

後半部(21番詩)にこの「死と愛」を置いた重大な意味が

ようやく分かりかけてきたようです。

 

10番詩「蒼い馬」の海の底から脱け出た

盲目の馬のその後(=現在)を

それは暗示しています。

 

 

詩集「蒼い馬」に多く収められた挽歌の

かすかな変化をここに見ることができるでしょう。

 

それは

13番詩「女の半身像」が

死んでしまった愛、忘れられた愛の

完全無比な愛のかたちを歌った流れから

1歩を出るような変化です。

 

「死と愛」は

過去の愛というよりも

今ここにある、生きている愛を歌いました。

 

現在進行中の

ぴっかぴかの愛。

 

憎しみに限りなく近い

男と女の愛。

 

シュンシュンと沸騰する

革命的な――。

 

 

死んでしまった愛を歌う流れは

消え去るということではなく

やがては第3詩集「窓ひらく」の「秋の接吻」などへ通じるものですが

この流れとは別に

男と女の愛や男の性を歌う流れが生れたのです。

 

この流れは

「蒼い馬」では前面に出ることはありませんが

やがて第2詩集「鋼鉄の足」(1960年)で表面に出てきます。

 

「男について」

「男S

「革命とは」

「若もの」

――といった傑作の数々です。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

2016年9月14日 (水)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・追補

(前回からつづく)

 

 


 

 

娘は

青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

 

――という「死と愛」の最終行は

滝口雅子という詩人の考え方の根っこが埋まっていて

これを放置したままでは前に進めない

心臓部のような詩行です。

 

ここには

感覚だけではとらえられないものがあって

それは思想とか哲学と呼んでよいものでしょう。

 

というわけですから

「死と愛」にもう少しこだわり

突っ込んだ解釈にトライしてみます。

 

 

といっても

詩をわざわざ散文に言い換える無理に

挑戦するものではありません。

 

ここでできるのは

ほかの詩(行)からヒントを見つけ出すほどのことです。

 

詩は詩の中にしかありません。

 

 

「死と愛」の次の次に置かれた「扉」は

死と愛とほぼ同じ意味で「生と死」を真正面で歌っています。

 

やや観念的な詩ですが

「死と愛」を読む強力なヒントになりそうです。

 

 

たとえば中に、

 

生は死の持っていない匂いのために

死は生の知らない匂いのために

お互いをひきつける

 

生は死を美しいと思い

死は生を美しいと思う

その二つは必ず誰にもあるもの

 

生きることがどういうことか

生は本当にはまだ知らない けれど

死にはわかっている

生きることも死ぬこともそれらが

どういうものだかを

 

――という詩行があります。

 

(「新編滝口雅子詩集」より。原詩に改行を加えました。編者。)

 

生は愛と同じもののはずですから

死と愛の関係を理解するヒントになる詩行です。

 

さらに、

 

友達であり自分自身である死の扉に

――という詩行もあり

めずらしく説明的で散文的ともいえる言葉遣いが

却って詩(人)の思想を明快にしています。

 

これらを

「死と愛」と関連づけて考えないという手はないはずです。

 

 

「扉」は現実の果てにあり

それが開くと

生と死が向き合っているという構図が示されていますが

この構図は

先に読んだ「窓」の

現実にはあり得ないような

トポロジカルな(位相幾何学的な)空間よりも

平明な感じがあります。

 

 

「扉」の次の次にある「女」には、

 

死の重みを生の重みに代えて

花のほころぶのにも似た 自然な

目覚めをするときの

――とあります。

 

これは、

 

すこやかに<死>をみごもる

――という思想が

別の詩語で語られていると読めそうなところです。

 

 

「死と愛」の二つ前に配置された「炎」は

透明な蝶の番(つがい)が

街灯の下を静かに並んで飛び

はげしく交わった後で

一方の蝶が死へ向って旅立っていく

(生命の)摂理のような

はかなさの象徴のようなものが歌われます。

 

ここに登場する2匹の蝶は

別々の個体と考えるよりも

1個の生命ととらえることが可能でしょう。

 

とすれば

死はここで生命と連続しています。

 

冒頭の2行に、

 

誰も住んだことのない時間

誰も行ったことのない道

――とあることから

蝶が飛んでいるのは

死の世界であるかのように読めますから

蝶が最後に飛び立ってゆく先は

生の世界であるというような

逆転があるのかもしれません。

 

死に向って飛び立つ果てに

生があるかのような

命の完結(はじまり)として。

 

 

この詩「炎」は

「死と愛」を読むヒントになるでしょうか。

 

とりわけ、

すこやかに<死>をみごもった

――という詩行を読むヒントになるでしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

2016年9月 4日 (日)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・その2

(前回からつづく)

 

 

 

 

「死と愛」に死が現れることがあっても

愛は出てきません。

 

これは文字面(もじづら)のことですが、

それは何故だろう

――と問えば

この詩にもう少し近づくことができるでしょう。

 

 

死と愛

 

娘の腕はしびれた

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

傷ぐちから光ったものは

憎しみを持った夜

上ってくる

足音が階段を上ってくる

 

葡萄酒の体臭

激しくまじり合うもののかなしい音

ゆれはじめる娘の部屋

 

あれは 誰だったか

絶望の手で抱きあげてくれたのは

重たい血の壺をゆすってみせたのは――

娘は

青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

 

(土曜美術社出版販売「新編滝口雅子詩集」より。)

 

 

娘の腕はしびれた

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

――の「しびれた」も「痛んだ」も

何事かの発端を示しているでしょう。

 

腕がしびれ、目が痛んだというのは

詩の主格である娘の経験(過去)と考えて間違いありませんから。

 

この経験が傷口を作り

この傷口が(今でも)光っているというのは

鮮烈な記憶として残っているということでしょうか。

 

憎しみを持った夜。

階段を上ってくる足音。

その記憶。

 

――という第1連。

 

 

足音はやがて葡萄酒の体臭として出現し

なんの前ぶれもなく性交がはじまり

部屋は揺れる。

 

相手の男は

暗闇の中で(?)

匂いでしか感知されません。

 

――という第2連。

 

ここまで読んでも

愛は現れません。

 

 

あれは誰だったか。

 

絶望の手で娘を抱きあげ

重たい血の壺をゆすってみせたのは

誰だったか。

 

最終連にきて

愛のようなものが歌われます。

 

発端がどうであれ

経過がどうであれ

(と言ってよいかどうか)

娘は抱き上げられ

娘の体内に血は流れはじめた――。

 

このような夜の出来事を

詩(人)は愛と呼んだのでしょうか?

 

憎しみの夜に

愛は生れたとでもいうのでしょうか?

 

憎しみと愛は

同じものでしょうか?

 

 

物質が燃焼するというのは

激しく酸化するということで

モノ=有機物が燃えれば

炭(スミ=無機物)になるように

ヒトの生命も激しく燃えれば(愛すれば)

死にいっそう近づくという――。

 

まるで

そのような化学変化を愛の奇跡であるとを類推させるような――。

 

あるいは「死と愛」は

愛の不可能の方程式を歌っているのでしょうか。

 

3段論法でもなく

序破急でもなく

因果律でもなく。

 

愛と憎しみの弁証法などでは

まったくなく。

 

 

すこやかに<死>をみごもる

――という詩行が

やはりこの詩を決定していると思えてくるのは

生存の不確かさ、あいまいさを

<死>が照らし出すからで

その<死>を身ごもって

娘は初めて生きるきっかけをつかまえたのだとすれば

憎しみの夜であろうと

暴力の夜であろうと

悲しかろうと

愛を見つけたと言えるのかもしれません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

2016年9月 1日 (木)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ

(前回からつづく)

 

 

 

「死の岬の水明り」が

窓をこえてひたひたと寄せるように

「女の半身像」が

死んでしまった愛を歌ったように

詩集「蒼い馬」には

死が現れる詩が

めっぽう多いことに気づきます。

 

 

3番詩「兵士たちは」は

戦場に消えていった兵士たちを悼んだもので

ここに死は詩語として明示されませんが

9番詩「夜の花」に、

“あるじ”は 自殺について考える
(※原文の傍点を“ ”で置き換えました。編者。)

――とあり、

12番詩「早春」に、

死者はくだけて 宇宙によって充たされる

風はまたあたらしい死を吹きつける

――とあり、

16番詩「言わせて下さい」に、

ひとが死んでいくとき

代りに死んであげることも

生きていながら 別の天体に移ることも

何もできないあたしですけれど

――とあり、

17番詩「人と海」に、

海の向うで声がする

死んだひとの声がする

とか

海の向うの光

生と死のぶつかる光

――とかとあり、

 

18番詩「死の岬の水明り」は

タイトルに死が現れ

19番詩「炎」に、

やがて 一羽は

死ぬために飛び立っていく

――とあり、

21番詩「死と愛」には

再びタイトルにズバリ死が現れ、

24番詩「扉」には、

開いた扉のところで

生と死が向き合う

とか

生は死の持っていない匂いのために

死は生の知らない匂いのために

とか

生は死を美しいと思い

死は生を美しいと思う

とか

この詩には多量の生と死が現れます。

 

26番詩「女」には、

死の重みを生の重みに代えて

――とあり

27番詩「影」には

死の世界にとどいた招待状

トオルさんは楽器の間をめぐって歩く

とか

死んだトオルさんを

なぜ人生が招待したのだろう

――とあります。

 

 

詩集をざっとめくってみただけで11篇あり

全詩29篇中の3割強に

死という語が刻まれていることになります。

 

このほかに暗喩や象徴として現れる死もあるかもしれませんから

詩集「蒼い馬」に

死(という言葉)は充満しているといえるほどです。

 

考えてみれば

タイトル詩「蒼い馬」が存在している海底が

死と隣り合わせの場所であることも

詩の前面に出てきませんが

暗示的です。

 

 

タイトルに死(という言葉)がある「死と愛」を読んでみましょう。

 

 

死と愛

 

娘の腕はしびれた

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

傷ぐちから光ったものは

憎しみを持った夜

上ってくる

足音が階段を上ってくる

 

葡萄酒の体臭

激しくまじり合うもののかなしい音

ゆれはじめる娘の部屋

 

あれは 誰だったか

絶望の手で抱きあげてくれたのは

重たい血の壺をゆすってみせたのは――

娘は

青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

 

(土曜美術社出版販売「新編滝口雅子詩集」より。)

 

 

3連仕立ての

比較的わかりやすい詩と言えるでしょうか。

 

わかりやすいというのは

3段論法とか

序破急とか

因果律とかを

補助線とすることが可能な詩であることをいいます。

 

とっかかりがあります。

 

とはいえ、

詩をただちにとらえられるほど

なまやさしくはありません。

 

 

第1連は、

娘が登場し

どうやら傷を負っているのですが

この傷こそ憎しみの夜に生じたらしい

愛の完全変態――。

 

夜、階段を上ってくる足音は

第2連、

葡萄酒臭い男として現れ

娘の部屋は

男女の激しい交わり(まじり合う)でゆれる

かなしい音――。

 

あれは、誰だったか?

(いまは忘れてしまった、とは書かれていませんが)

娘を抱きあげ

重たい血の壺(=女)を揺さぶったのは――。

 

 

娘は青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

――という最終行は

パラフレーズしないほうがよいでしょう。

 

ここにこそ

詩の味わいどころはあります。

 

想像力を全開して

何度も何度も味わうべき詩行です。

 

ただでさえ

危険極まりない読み下しを

敢行しています。

 

この詩に「死と愛」というタイトルが必要だったことの

命がこの最終行にあります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

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