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2016年9月 1日 (木)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ

(前回からつづく)

 

 

 

「死の岬の水明り」が

窓をこえてひたひたと寄せるように

「女の半身像」が

死んでしまった愛を歌ったように

詩集「蒼い馬」には

死が現れる詩が

めっぽう多いことに気づきます。

 

 

3番詩「兵士たちは」は

戦場に消えていった兵士たちを悼んだもので

ここに死は詩語として明示されませんが

9番詩「夜の花」に、

“あるじ”は 自殺について考える
(※原文の傍点を“ ”で置き換えました。編者。)

――とあり、

12番詩「早春」に、

死者はくだけて 宇宙によって充たされる

風はまたあたらしい死を吹きつける

――とあり、

16番詩「言わせて下さい」に、

ひとが死んでいくとき

代りに死んであげることも

生きていながら 別の天体に移ることも

何もできないあたしですけれど

――とあり、

17番詩「人と海」に、

海の向うで声がする

死んだひとの声がする

とか

海の向うの光

生と死のぶつかる光

――とかとあり、

 

18番詩「死の岬の水明り」は

タイトルに死が現れ

19番詩「炎」に、

やがて 一羽は

死ぬために飛び立っていく

――とあり、

21番詩「死と愛」には

再びタイトルにズバリ死が現れ、

24番詩「扉」には、

開いた扉のところで

生と死が向き合う

とか

生は死の持っていない匂いのために

死は生の知らない匂いのために

とか

生は死を美しいと思い

死は生を美しいと思う

とか

この詩には多量の生と死が現れます。

 

26番詩「女」には、

死の重みを生の重みに代えて

――とあり

27番詩「影」には

死の世界にとどいた招待状

トオルさんは楽器の間をめぐって歩く

とか

死んだトオルさんを

なぜ人生が招待したのだろう

――とあります。

 

 

詩集をざっとめくってみただけで11篇あり

全詩29篇中の3割強に

死という語が刻まれていることになります。

 

このほかに暗喩や象徴として現れる死もあるかもしれませんから

詩集「蒼い馬」に

死(という言葉)は充満しているといえるほどです。

 

考えてみれば

タイトル詩「蒼い馬」が存在している海底が

死と隣り合わせの場所であることも

詩の前面に出てきませんが

暗示的です。

 

 

タイトルに死(という言葉)がある「死と愛」を読んでみましょう。

 

 

死と愛

 

娘の腕はしびれた

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

傷ぐちから光ったものは

憎しみを持った夜

上ってくる

足音が階段を上ってくる

 

葡萄酒の体臭

激しくまじり合うもののかなしい音

ゆれはじめる娘の部屋

 

あれは 誰だったか

絶望の手で抱きあげてくれたのは

重たい血の壺をゆすってみせたのは――

娘は

青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

 

(土曜美術社出版販売「新編滝口雅子詩集」より。)

 

 

3連仕立ての

比較的わかりやすい詩と言えるでしょうか。

 

わかりやすいというのは

3段論法とか

序破急とか

因果律とかを

補助線とすることが可能な詩であることをいいます。

 

とっかかりがあります。

 

とはいえ、

詩をただちにとらえられるほど

なまやさしくはありません。

 

 

第1連は、

娘が登場し

どうやら傷を負っているのですが

この傷こそ憎しみの夜に生じたらしい

愛の完全変態――。

 

夜、階段を上ってくる足音は

第2連、

葡萄酒臭い男として現れ

娘の部屋は

男女の激しい交わり(まじり合う)でゆれる

かなしい音――。

 

あれは、誰だったか?

(いまは忘れてしまった、とは書かれていませんが)

娘を抱きあげ

重たい血の壺(=女)を揺さぶったのは――。

 

 

娘は青くやせて

すこやかに<死>をみごもった

――という最終行は

パラフレーズしないほうがよいでしょう。

 

ここにこそ

詩の味わいどころはあります。

 

想像力を全開して

何度も何度も味わうべき詩行です。

 

ただでさえ

危険極まりない読み下しを

敢行しています。

 

この詩に「死と愛」というタイトルが必要だったことの

命がこの最終行にあります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

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