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2016年9月 4日 (日)

滝口雅子を知っていますか?/詩集「蒼い馬」/「死と愛」の流れ・その2

(前回からつづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死と愛」に死が現れることがあっても

 

愛は出てきません。

 

 

 

これは文字面(もじづら)のことですが、

 

それは何故だろう

 

――と問えば

 

この詩にもう少し近づくことができるでしょう。

 

 

 

 

 

 

死と愛

 

 

 

娘の腕はしびれた

 

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

 

傷ぐちから光ったものは

 

憎しみを持った夜

 

上ってくる

 

足音が階段を上ってくる

 

 

 

葡萄酒の体臭

 

激しくまじり合うもののかなしい音

 

ゆれはじめる娘の部屋

 

 

 

あれは 誰だったか

 

絶望の手で抱きあげてくれたのは

 

重たい血の壺をゆすってみせたのは――

 

娘は

 

青くやせて

 

すこやかに<死>をみごもった

 

 

 

(土曜美術社出版販売「新編滝口雅子詩集」より。)

 

 

 

 

 

 

娘の腕はしびれた

 

ひとつのものをみつめて目が痛んだ

 

――の「しびれた」も「痛んだ」も

 

何事かの発端を示しているでしょう。

 

 

 

腕がしびれ、目が痛んだというのは

 

詩の主格である娘の経験(過去)と考えて間違いありませんから。

 

 

 

この経験が傷口を作り

 

この傷口が(今でも)光っているというのは

 

鮮烈な記憶として残っているということでしょうか。

 

 

 

憎しみを持った夜。

 

階段を上ってくる足音。

 

その記憶。

 

 

 

――という第1連。

 

 

 

 

 

 

足音はやがて葡萄酒の体臭として出現し

 

なんの前ぶれもなく性交がはじまり

 

部屋は揺れる。

 

 

 

相手の男は

 

暗闇の中で(?)

 

匂いでしか感知されません。

 

 

 

――という第2連。

 

 

 

ここまで読んでも

 

愛は現れません。

 

 

 

 

 

 

あれは誰だったか。

 

 

 

絶望の手で娘を抱きあげ

 

重たい血の壺をゆすってみせたのは

 

誰だったか。

 

 

 

最終連にきて

 

愛のようなものが歌われます。

 

 

 

発端がどうであれ

 

経過がどうであれ

 

(と言ってよいかどうか)

 

娘は抱き上げられ

 

娘の体内に血は流れはじめた――。

 

 

 

このような夜の出来事を

 

詩(人)は愛と呼んだのでしょうか?

 

 

 

憎しみの夜に

 

愛は生れたとでもいうのでしょうか?

 

 

 

憎しみと愛は

 

同じものでしょうか?

 

 

 

 

 

 

物質が燃焼するというのは

 

激しく酸化するということで

 

モノ=有機物が燃えれば

 

炭(スミ=無機物)になるように

 

ヒトの生命も激しく燃えれば(愛すれば)

 

死にいっそう近づくという――。

 

 

 

まるで

 

そのような化学変化を愛の奇跡であるとを類推させるような――。

 

 

 

あるいは「死と愛」は

 

愛の不可能の方程式を歌っているのでしょうか。

 

 

 

3段論法でもなく

 

序破急でもなく

 

因果律でもなく。

 

 

 

愛と憎しみの弁証法などでは

 

まったくなく。

 

 

 

 

 

 

すこやかに<死>をみごもる

 

――という詩行が

 

やはりこの詩を決定していると思えてくるのは

 

生存の不確かさ、あいまいさを

 

<死>が照らし出すからで

 

その<死>を身ごもって

 

娘は初めて生きるきっかけをつかまえたのだとすれば

 

憎しみの夜であろうと

 

暴力の夜であろうと

 

悲しかろうと

 

愛を見つけたと言えるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

途中ですが

 

今回はここまで。

 

 

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