中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/小林秀雄の家までの道・8
風はそよ風。
白萩の葉を幽かに揺らす。
夏の夜には蛍が飛ぶという扇川を想っては
それは武士(もののふ)たちの魂か
――と余計な空想が走りますが
自然は自然。
自然は荒れ狂うばかりが自然でなく
国破れて山河ばかりが自然でもなく
おだやかな日差しの降る時間も自然です。
◇
亀が谷切り通しを一人また二人と
下りてくるもの上っていくものあり
それは途切れ途切れでありますが
絶えることはありません。
自然の要塞とはいえ
やはりここは都会の一角です。
人が、懐かしく、懐かしく思われます。
◇
小林秀雄の住んでいた家は
切り通しのとば口にあった「米新」という旅館の
少し手前の住宅地の
道路から小路(こうじ)を一軒ほど奥に入ったところに位置し
訪ねてくる友人らは
あらたまった場合以外は玄関に立つよりも
庭に抜け
離れになっていた書斎の縁先(えんさき)へと回るのを常としていたそうです。
――という知識をあらかじめ持ちながら
その家を見ることはできなかったのですが。
この場所の先に
「米新」の湯場(ゆば)があったのが
ここに住むきっかけの一つであったことも想像できて
ほっとするような気持ちが起こります。
大岡昇平がこの湯に入り浸っていたという伝説もあるようですが
小林秀雄も執筆の合間に
身心を休めたことでしょう。
ひょっとして
中也もこの湯に入ったことがあるかもしれません。
記録には見つからないようですが。
◇
秋の夜に、独りで湯に這入(はい)ることは、
淋しいじゃないか。
秋の夜に、人と湯に這入ることも亦(また)、
淋しいじゃないか。
話の駒が合ったりすれば、
その時は楽しくもあろう
◇
あたかも辞世のような詩行がよみがえり
ドキリとします。
「米新」の入り口。宗教家・田中智学師が別荘としていたが、現在はどこかの企業のビル
が何棟も建っている。
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