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2016年10月30日 (日)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/「夏(僕は卓子の上に)」の風景



「夏日静閑」と同じころに作られ

夏という季節をモチーフにした詩が

「夏(僕は卓子の上に)」

「初夏の夜に」

――の2篇あり

どちらも生前発表されています。

 

「夏(僕は卓子の上に)」は

1937年(昭和12年)の「詩報」第1年第2号(9月15日付け)に初出、

1937年(昭和12年)10月号「文学界」(12月1日付け)に再発表されました。

 

「夏日静閑」は

10月1日付け発行の「文芸汎論」が初出でした。
 


 


 

僕は卓子(テーブル)の上に、


ペンとインキと原稿紙のほかなんにも載(の)せないで、


毎日々々、いつまでもジッとしていた。

 

いや、そのほかにマッチと煙草(たばこ)と、

吸取紙(すいとりがみ)くらいは載っかっていた。


いや、時とするとビールを持って来て、


飲んでいることもあった。

 

戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いた。

風は岩にあたって、ひんやりしたのがよく吹込(ふきこ)んだ。

思いなく、日なく月なく時は過ぎ、

 

とある朝、僕は死んでいた。


卓子(テーブル)に載っかっていたわずかの品は、


やがて女中によって瞬(またた)く間(ま)に片附(かだづ)けられた。


――さっぱりとした。さっぱりとした。

 

(「中原中也全集」第1巻「詩」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

どこか見覚えのあるイメージの元をたどれば

「在りし日の歌」中「永訣の秋」の「或る男の肖像」に行き着きます。

 

 

彼女は


壁の中へは這入ってしまった。

 

それで彼は独り、


部屋で卓子(テーブル)を拭いていた。

 

――という最終連の流れが


この詩に至るのか分かりませんが


或る男がいた「庭に向って、開け放たれた戸口」は


鎌倉のものではなくとも


似ている状況を思わせます。

 

「卓子(テーブル)」も


同じ部屋ではなくとも


詩人の使用していた文机(ふづくえ)であるような匂いを放ちます。

 

 

どころか、第3連――。

 
戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いた。

風は岩にあたって、ひんやりしたのがよく吹込(ふきこ)んだ。

 

――に至って

 これは鎌倉そのものである詩行に巡りあい

身を乗り出します。

 

風が岩にあたるのは

海辺の光景ではなく

鎌倉の切り通しや切岸の岩に違いありません。

 

 
途中ですが

今回はここまで。

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