中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/「雨の朝」の風景
鎌倉で制作した詩篇のうち
風景や自然の描写が混ざらないものがあり
それらは大抵が回想する詩です。
ほかに、思索し内省する詩があり
これらに風景描写は希薄(きはく)になります。
回想するのは幼少期の家族や
学校での思い出になります。
(成人して後の経験を歌った詩もあります。)
回想するのは過去のことですから
ここに現れる風景が
鎌倉であるはずはありません。
◇
雨の朝
⦅麦湯(むぎゆ)は麦を、よく焦(こ)がした方がいいよ。⦆
⦅毎日々々、よく降りますですねえ。⦆
⦅インキはインキを、使ったらあと、栓(せん)をしとかなきゃいけない。⦆
⦅ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一……⦆
上草履(うわぞうり)は冷え、
バケツは雀の声を追想し、
雨は沛然(はいぜん)と降っている。
⦅ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二……⦆
校庭は煙雨(けぶ)っている。
――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?
(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かなに変えました。編者。)
◇
この詩は
1937年(昭和12年)「四季」6月号に発表されました。
小学校時代の思い出を歌った名作の一つです。
◇
ここにある「現在」は何でしょうか。
過去は⦅ ⦆で括られた会話体の中にあり
地の文に詩人の現在はあります。
◇
――どうして学校というものはこんなに静かなんだろう?
――家(うち)ではお饅(まん)じゅうが蒸(ふ)かせただろうか?
ああ、今頃もう、家ではお饅じゅうが蒸かせただろうか?
3か所出てくる「?」で終る詩行を
詩人は何によって喚起(かんき)されたのでしょう。
この疑問は空しいでしょうか。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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