中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/小林秀雄の家までの道・9
煥発(かんぱつ)する都会の夜々の燈火(ともしび)を後(あと)に、
おまえはもう、郊外の道を辿(たど)るがよい。
◇
煥発は、火が燃え盛るときの輝きのこと。
ここでは燈火にかかる形容詞ですから
ネオンサインの消えない明るい都会の夜を意味しています。
才気煥発や「元気を煥発する」は
精神的な側面の状態を表し
それらはたまに読むことがありますが
都会の表情を歌った中也の詩に
精神的なニュアンスがないことも考えられません。
都会に住み、都会を歌った詩人にも
街の灯が疎(うと)ましく思える時が訪れたのでしょうか。
寿福寺に戻ってきました。
煥発する燈火がここにあるはずがありません。
◇
では、煥発する燈火は
どこに輝いていたものでしょうか?
銀座、新宿、浅草か。
横浜か。
それとも、鎌倉駅前の賑わいか。
◇
鎌倉駅ホームは
上り下りともに旧路線が残されていて
ホームの距離だけがどういうわけか複線になっています。
向こう側の枕木は旧式の木製で
手前のものはコンクリート製ですから
中也は向こうの線路を見ていたのかもしれません。
中也は向こうの線路を見ていたのかもしれません。
新旧が共存する街を
詩人は、結構、楽しんでいた形跡がいくらでもありますから
街の燈火をどこそこのものと特定することもないでしょう。
駅はいつも
終わりでありはじまりである場所で
自然にもっとも遠いところにあるものです。
◇
詩人の旅が終ろうとし
新たにはじまろうとしていました。
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