中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/「夏日静閑」の風景
「正午 丸ビル風景」が「文学界」に発表されたのは
1937年(昭和12年)10月号。
店頭には8月末には出回るでしょうか。
同じころに書かれた詩に「夏日静閑」があり
「文芸汎論」10月特大号に発表されました。
詩篇末尾に「1937、8、5」の日付があります。
◇
夏日静閑
暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえていた。
友達はみんな避暑地(ひしょち)に出掛け、
僕だけが町に残っていた。
撒水車(さんすいしゃ)が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさえ殆(ほと)んど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗っていた。
みんな僕とは関係がない。
偶々(たまたま)買物に這入(はい)った店でも
怪訝(けげん)な顔をされるのだった。
こんな暑さに、おまえはまた
何条(なんじょう)買いに来たものだ?
店々の暖簾(のれん)やビラが、
あるとしもない風に揺れ、
写真屋のショウインドーには
いつもながらの女の写真。
1937、8、5
(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かな・洋数字に変えました。編者。)
◇
この詩の夏も
鎌倉の夏と読んで間違いないことでしょう。
鎌倉の夏であると
読まねばならないということではありませんが。
◇
隣りのお嫁入前のお嬢さん
彼女が弾くピアノ
僕だけが町に残っていた
撒水車(さんすいしゃ)が陽に輝いて通る
人通りさえ殆(ほと)んど絶えた日中
たまに通る自動車
用務ありげな白服の紳士が乗っている
買物にはいった店
怪訝(けげん)な顔にあう
店の暖簾(のれん)やビラ
あるとしもない風
写真屋のショウインドー
いつもながらの女の写真
……
みんな鎌倉の町の匂いがしませんか?
◇
目に見えるもの
触れるもの
聞こえるもの
出会うもの。
みんな僕とは関係がない。
――のです。
◇
「夏日静閑」は
生前発表された詩の
最も最後のものです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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