中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/鎌倉詩篇
丸善、白水社、三才社は、ともに洋書を取り扱っていた。
――と「新編中原中也全集」の解題篇は記述しています。
これは、
この年(1937年)の「四季」11月号に
「ヷルモール詩抄<第1回>」として発表する
女性詩人マルスリーヌ・デボルド=ヷルモールへの研究をはじめ
フランス詩への取り組みや
フランス語文化(文学)への関心がますます旺盛だったことの現れでしょう。
中原中也訳「ランボオ詩集」が発行されたのは
9月15日でしたし
これへの評判は上々で
11月18日再版発行、12月25日3版発行となりましたが
詩人はこのことを知ることはありませんでした。
79年前の今日(1937年10月22日)に永眠しました。→
◇
文房堂にて原稿紙、Gペン。
――とある文房堂(ぶんぽどう)は
神田神保町の画材店で
当時、文房堂製の原稿用紙を販売していて
中也が常用していた原稿用紙の一つでした。
Gペンは、付けぺんのこと。
詩人は、インク壺を使い、Gペンで原稿用紙に書いていました。
◇
さらば青春!
さらば東京!
――といっても
文学をやめたわけでもなく
詩人をやめるつもりでもなかったのです。
◇
では、なぜ鎌倉を去らねばならなかったのでしょうか?
茫洋としているというのは
どういうことだったのでしょうか。
◇
ここで、
詩人が鎌倉という土地への思いを述べた発言を
概観しておきましょう。
知人・友人宛ての
詩人自身の記述です。
◇
阿部六郎宛の書簡より。(1937年7月7日付け。)
もうくにを出てから15年ですからね。ほとほともう肉感に乏しい関東の空の下にはくたびれました。それに去年子供に死なれてからというものは、もうどんな詩情も湧きません。
河上徹太郎宛の書簡より。(1937年8月推定。)
……それに関東の自然はやっぱり僕にはつまらない。枯れた葭に押寄せた寒い宵なんかみたいで、どうも肉感が足りなくて仕方がない。
安原喜弘宛の書簡。(1937年9月2日付け。)
帰ってもまあ、あんまりいいこともないのですが、ほんのつまらぬ道の曲り角にも、少年時代がこびりついていますし、まあ、なんとなく粘着力は感じられます。
(以上、いずれも「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」中「蛙声」解題より。)
上記9月2日付けの安原喜弘宛ての書簡には
終生の友であった安原ゆえへの忌憚(きたん)ない感慨(お喋り)が述べられ
将来を語る詩人の口ぶりが軽やかです。
◇
〇肉感に乏しい関東の空の下
〇子供に死なれてからどんな詩情も湧かない
〇関東の自然はやっぱり僕にはつまらない
〇枯れた葭に押寄せた寒い宵なんかみたい
〇どうも肉感が足りなくて仕方がない
〇(山口には)つまらぬ道の曲り角にも、少年時代がこびりついている
〇(山口には)なんとなく粘着力は感じられます
――と、相手によって微妙に差異があり
長男・文也の死以後、療養所生活以外は鎌倉に住んでいた詩人は
子供に死なれてから詩情がわかないというのも
鎌倉という土地への感情ばかりとは言えず
(「関東」への思いの披瀝ですし)
安原宛ては、生地・山口の美点を述べたもので
鎌倉そのものへの感想ではありませんから
厳密に判断する場合には注意が必要ですが
これらが鎌倉を引き上げる理由になったことは間違いありません。
けれども
鎌倉が嫌になったから
鎌倉を去るということではなさそうです。
◇
鎌倉と思われる風景が
鎌倉で制作された詩群の中に散乱しているのは
詩人が鎌倉で詩をそれほど多量に見つけたということですから。
鎌倉で制作された詩篇を
ざっと見ておきましょう。
◇
「生前発表詩篇」のうち、
ひからびた心
雨の朝
子守唄よ
渓流
梅雨と弟
夏(僕は卓子の上に)
初夏の夜に
夏日静閑
◇
未発表詩篇のうち、
「早大ノート」にある
こぞの雪今いずこ
「草稿詩篇(1937年)」と分類される詩群は
全てが鎌倉で制作されました。
このうち「春と恋人」は
「横浜もの」といわれる横浜を題材にした作品ですが。
春と恋人
少女と雨
夏と悲運
(嘗てはランプを、とぼしていたものなんです)
秋の夜に、湯に浸り
4行詩
◇
これらを「鎌倉詩篇」と呼んでもいいくらいです。
このほかに「在りし日の歌」中の名作の幾つかが
「鎌倉詩篇」です。
調べてみたら、
正午
春日狂想
蛙声
――の3篇であることがわかりました。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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