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2016年10月24日 (月)

中原中也の鎌倉/「在りし日の歌」清書の前後/「春日狂想」の風景


鎌倉で初稿が制作された詩を鎌倉詩篇と呼んだときに

「在りし日の歌」には

正午

春日狂想

蛙声

――の3篇がそれに該当します。

このうち「正午」は

「丸ビル風景」というサブタイトルがあるように

東京・丸の内のビル街を借景とした詩であるものの

鎌倉・寿福寺敷地内の住まいで書かれたことは間違いありません。
 

詩人は鎌倉から横須賀線に乗って

上京することはしばしばあったのですし

帰省を決意した前か後かに

丸ビル風景を眺めて

この詩を作ったのでした。


「蛙声」の

天や地や池や蛙……が

寿福寺境内に当時あって

現在もある小さな池の畔(ほとり)からの眺望であったと想像するのも

見当外れではありません。





「春日狂想」に現われる風景が

鎌倉の街、とりわけ中心部の鶴岡八幡宮へ至る若宮大路周辺であると想像するのも

至極当然なことです。




春日狂想


   1


愛するものが死んだ時には、

自殺しなきゃあなりません。


愛するものが死んだ時には、

それより他に、方法がない。


けれどもそれでも、業(ごう)(?)が深くて、

なおもながらうことともなったら、


奉仕(ほうし)の気持に、なることなんです。

奉仕の気持に、なることなんです。


愛するものは、死んだのですから、

たしかにそれは、死んだのですから、


もはやどうにも、ならぬのですから、

そのもののために、そのもののために、


奉仕の気持に、ならなきゃあならない。

奉仕の気持に、ならなきゃあならない。


   2


奉仕の気持になりはなったが、

さて格別の、ことも出来ない。


そこで以前(せん)より、本なら熟読。

そこで以前(せん)より、人には丁寧。


テンポ正しき散歩をなして

麦稈真田(ばっかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編(あ)み――


まるでこれでは、玩具(おもちゃ)の兵隊、

まるでこれでは、毎日、日曜。


神社の日向(ひなた)を、ゆるゆる歩み、

知人に遇(あ)えば、にっこり致(いた)し、


飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、

鳩に豆なぞ、パラパラ撒(ま)いて、


まぶしくなったら、日蔭(ひかげ)に這入(はい)り、

そこで地面や草木を見直す。


苔(こけ)はまことに、ひんやりいたし、

いわうようなき、今日の麗日(れいじつ)。


参詣人等(さんけいにんら)もぞろぞろ歩き、

わたしは、なんにも腹が立たない。


    《まことに人生、一瞬の夢、

    ゴム風船の、美しさかな。》


空に昇って、光って、消えて――

やあ、今日は、御機嫌(ごきげん)いかが。



久しぶりだね、その後どうです。

そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましょ。


勇(いさ)んで茶店に這入(はい)りはすれど、

ところで話は、とかくないもの。



煙草(たばこ)なんぞを、くさくさ吹かし、

名状(めいじょう)しがたい覚悟をなして、――


戸外(そと)はまことに賑(にぎ)やかなこと!

――ではまたそのうち、奥さんによろしく、


外国(あっち)に行ったら、たよりを下さい。

あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。

まことに人生、花嫁御寮(はなよめごりょう)。


まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、

話をさせたら、でもうんざりか?


それでも心をポーッとさせる、

まことに、人生、花嫁御寮。


   3


ではみなさん、

喜び過ぎず悲しみ過ぎず、

テンポ正しく、握手(あくしゅ)をしましょう。


つまり、我等(われら)に欠けてるものは、

実直(じっちょく)なんぞと、心得(こころえ)まして。
 

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――

テンポ正しく、握手をしましょう。

 
(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かなに変えました。編者。)





これら3篇の鎌倉詩篇は

長男・文也の死後の制作ということが明確ですが

特にこの「春日狂想」は

まっすぐな文也追悼詩ということになります。

 

その追悼詩の中に、

空に昇って、光って、消えて――

――とある空は鎌倉の空であり

ゴム風船がポカリとその空に浮かんで遠のいていきます。






途中ですが

今回はここまで。

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