新川和江・抒情の源流/「井の頭公園」の時の時・その3
キスする筈だった
ままごとする筈だった
みの虫がブランコするように二人で揺れていたかった
――という願望は達成できませんでした。
となると……。
その人はいまいずこ?
――という疑問が生じますが
その人はあいかわらず公園の道を
すこし距離をおいて歩いています。
幻でもなく奇跡でもなかった。
◇
二人の男女が井の頭公園を歩いている。
井の頭公園という固有名が
ここで利いています。
そこに愛は存在します。
◇
こうして愛の謎(なぞ)は
解けたかに見えますが――。
◇
ほんとうは悲しみが
隠れているのかもしれません。
むなしさ
悔い
諦(あきら)め
……が潜んでいるのかもしれません。
願い通りにはならなかった恋だったのかもしれません。
けれども
成就しなかった恋を悔いる響きは
いっこうに聞こえてきません
満足しているというほどでもなさそうですが
充分に自ら了解している感じがあります。
◇
わたしたちは 又逢ってしまった
月並みな<さようなら>では
わたしたち 別れられない
わたしたちは愛しすぎてしまいました
(略)
かといって ありふれた愛のかたちをとることもできず
こうして二人で向かい合っているのは 尚苦しい
わたしたちは愛しすぎてしまいました
こんな愛は熱すぎてはいれぬお風呂みたいなものだ
――と歌ったのは
つい最近のようなことでしたのに。
(「わたしたちは又逢って……」より。)
◇
この詩「井の頭公園」は
では
恋の終りを歌ったのでしょうか?
◇
途中ですが
今回はここまで。
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