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2016年12月24日 (土)

新川和江・抒情の源流/詩人の来歴・その6/初の幼年・少年少女詩集「明日のりんご」まで

 

 

少年少女詩集「明日(あした)のりんご」が

発行されたのは1973年

詩人44歳になる年でした。

 

おや、と思えるような

遅めの発行です。

 

 

「新川和江全詩集」の年譜を

めくってみましょう。

 

 

新川和江は、戦後1年の1946年に結婚、

1948年に東京・渋谷に茨城県結城から移住以後、

同人誌「プレイアド」、文学グループ「十五日会」へ加わり

1953年には第1詩集「睡り椅子」を発表しました。

 

戦時下に師事した詩人西條八十に

励まされた時期です。

 

「睡り椅子」には

このような背景から

西條八十の序文があります。

 

 

この年には新しい抒情詩を作ることを目指す「地球」グループに

秋谷豊に誘われて参加

ここを拠点に多くの詩人たちとの交流をはじめます。

 

同誌への発表のほかに

手塚治虫の「リボンの騎士」の脚色(1954)

朝日新聞へエッセイ「ちかごろの流行歌」を執筆(1957)するなど

活動領域を広げていきます。

 

1955年には

長男が誕生。

 

そして1959年、30歳で

第2詩集「絵本『永遠』」を地球社から発行しました。

 

 

学研「中一コース」に連載した詩が

第9回小学館文学賞を受賞したのが1960年ですから

1955年の長男誕生から「絵本『永遠』」へと続く流れのなかで

少年少女詩篇の制作は活発化していきます。
 
少女雑誌、学習雑誌に

物語や詩を書きはじめたのは

東京へ移住した直後からでした。

 

一児の母親になったことは

詩人の詩作に深い影響を及ぼしました。

 

 

「明日(あした)へのりんご」には

「中一コース」「中三コース」に連載した詩が大半で

「日本児童文学」「現代少年文学」「中学生文学」に載せた詩

ほかに詩人島岡晨との共著「われら中学生」中の作品も収録しています。

 

 

「中一コース」「中三コース」では

写真家、国枝健が全国を飛び回って撮った

若い世代の生活や表情に添えて

新川和江が詩を書き下しました。

 

詩集中、題名に地名が付せられてあるのは

写真家が巡った場所です。

 

若い世代のひとびとをモチーフにした詩を

まとめたのはこれが初めてと

詩人はあとがきに記していますが

テーマ別に作った詩集は

新川和江に数多(あまた)あります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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