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2017年1月16日 (月)

中原中也が「四季」に寄せた詩/「ゆきてかえらぬ」蜘蛛の巣の輝き

 

「ゆきてかえらぬ」は

「在りし日の歌」の「永訣の秋」の冒頭詩になりますが

初出は「四季」1936年(昭和11年)11月号でした。

 

「四季」発表の時には

タイトル下に「未定稿」と記されていました。

 

 

ゆきてかえらぬ

 

      ――京 都――

 

 僕は此(こ)の世の果てにいた。陽(ひ)は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺っていた。

 

 木橋の、埃(ほこ)りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々(あかあか)と、風車を付けた乳

母車(うばぐるま)、いつも街上(がいじょう)に停っていた。

 

 棲む人達は子供等(こどもら)は、街上に見えず、僕に一人の縁者(みより)なく、風信機

(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

 

 さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜(みつ)があり、物体ではないその蜜は、常住

(じょうじゅう)食(しょく)すに適していた。

 

 煙草(たばこ)くらいは喫(す)ってもみたが、それとて匂(にお)いを好んだばかり。おまけ

に僕としたことが、戸外(そと)でしか吹かさなかった。

 

 さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持っていたとはいえ、布団(ふと

ん)ときたらば影(かげ)だになく、歯刷子(はぶらし)くらいは持ってもいたが、たった一冊あ

る本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方(めかた)、たのしむだけのものだっ

た。

 

 女たちは、げに慕(した)わしいのではあったが、一度とて、会いに行こうと思わなかっ

た。夢みるだけで沢山(たくさん)だった。

 

 名状(めいじょう)しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は

胸に高鳴っていた。

 

        *           *

              *

 

 林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男

達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。

 

 さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

京都での生活を振り返った散文詩ですが

「山羊の歌」「在りし日の歌」を通じて

散文詩の収録はこの詩が唯一ということです。

 

散文詩とはいえ

改行、1行空きを多く入れた形。

 

1937年2月号「四季」に寄せた

「郵便局」

「幻想」

「かなしみ」

「北沢風景」

――の「散文詩四篇」への過渡期的作品と言えるでしょうか。

 

「未定稿」とあるのは

ふっきれないものが詩人のなかにあったからかもしれません。

 

 

僕は此(こ)の世の果てにいた。

(けれども)

陽(ひ)は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺っていた。

 

名状(めいじょう)しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、

(けれども)

希望は胸に高鳴っていた。

 

――というような「逆接」のこころが歌われるのは

「少年時」の、

私は希望を唇に噛みつぶして

私はギロギロする目で諦(あきら)めていた……

噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!

 

――につながっています。

 

 

しかし……。

 

「ゆきてかえらぬ」は

「永訣の秋」のオープニングに置かれたのです。

 

少年時代も青春も

彼方にあります。

 

彼方にありながら、

さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。

――のです。

 

 

中也は、いつも、生きようとしています。

 

 

この詩が制作されたのは

「四季」発行日の2か月前と推測されますが

9月23日の日記に

「詩人達と会うことはまっぴらだ。今夜四季の会に出なかっただけでもなにか相当な得のように思われる」

――と記しています。

(同上書・解題篇。)

 

何かがあったことは間違いありません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

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