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« 中原中也が「四季」に寄せた詩/「冷たい夜」の心 | トップページ | 中原中也が「四季」に寄せた詩/「雪の賦」の孤児 »

2017年1月12日 (木)

中原中也が「四季」に寄せた詩/「除夜の鐘」のルフラン

 

「冷たい夜」が発表されたのが

「四季」の1936年2月号。

 

その前の号、1936年1月号に

「除夜の鐘」が発表されました。

 

制作は

前年12月2日の日記に、「四季」正月号へ原稿、とあることから

この日と推定されています。

 

「四季」発表後に

「在りし日の歌」に収められ

その時、若干、修正が施されます。

 

 

除夜の鐘

 

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

千万年も、古びた夜の空気を顫(ふる)わし、

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

 

それは寺院の森の霧った空……

そのあたりで鳴って、そしてそこから響いて来る。

それは寺院の森の霧った空……

 

その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食うべ、

その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出、

その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

 

その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。

その時囚人は、どんな心持だろう、どんな心持だろう、

その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。

 

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

千万年も、古びた夜の空気を顫わし、

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

ここに掲載したのは「在りし日の歌」のものですが

「四季」では第3連が、

 

その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食べ、

その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出、

その時子供は父母の膝下で蕎麦を食べ。

――となっていました。

 

 

「食べ」を「食うべ」と変えた意図は

はっきりしていません。

 

「食うべ」は、

「とうべ」という古語か

「くうべ」という東北弁か

どちらとも取れることが

角川新全集に案内されています。

 

 

この詩には「霧った」という

中也流の造語(?)もあり

謎めいてもいるのですが、

これらは万感迫る除夜の

詩人のこころの反映と見られるはずで

ならば自ずと読めてくるであろうはずのものです。

 

 

その時子供は――。

その時銀座は――。

 

その時銀座は――。

その時囚人は――。

 

ルフランのこの絶妙!

 

 

古語を使っている場合じゃないでしょう。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

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