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2017年1月14日 (土)

中原中也が「四季」に寄せた詩/「独身者」と立原道造「旅人の夜の歌」

 

やや脱線しますが

立原道造が「或る不思議なよろこびに」とともに「四季」に寄せた

「旅人の夜の歌」を読んでおきましょう。

 

 

旅人の夜の歌

  Fräulein A Murohu gewidmet

 

降りすさむでゐるのは つめたい雨

私の手にした提灯(ちゃうちん)はやうやく

昏(くら)く足もとをてらしてゐる

歩けば歩けば夜は限りなくとほい

 

私はなぜ歩いて行くのだらう

私はもう捨てたのに 私を包む寝床も

あつたかい話も燭火(ともしび)も――それだけれども

なぜ私は歩いてゐるのだらう

 

朝が来てしまつたら 眠らないうちに

私はどこまで行かう……かうして

何をしてゐるのであらう

 

私はすつかり濡(ぬ)れとほつたのだ 濡れながら

悦ばしい追憶を なほそれだけをさぐりつづけ……

母の あの街のほうへ いやいや闇をただふかく

 

(角川文庫「新編立原道造詩集」昭和44年改版13版より。「四季」発表との異同は確認できていません。編者。)

 

 

A Murohuとあるのは

室生犀星の娘、朝子のことで

彼女への献呈詩です。

 

詩人が

冷たい雨をモチーフにすることはありふれたことですが

中原中也にもあった記憶がよみがえります。

 

中也の詩とまるで違うところに

あじわいどころがあるのは当然ですが。

 

2人の詩人は

お互いの詩について

感想をやりとりすることはなかったのでしょうか。

 

エピグラフに引用するほどでしたから

何らかの言葉が交わされた公算は大きいのに。

 

 

立原道造の歴史的仮名遣いは

なんだか似合わない感じを抱かざるを得ませんから

現代表記で読んでみましょう。

 

 

旅人の夜の歌

  Fräulein A Murohu gewidmet

 

降りすさんでいるのは つめたい雨

私の手にした提灯(ちょうちん)はようやく

昏(くら)く足もとをてらしている

歩けば歩けば夜は限りなくとおい

 

私はなぜ歩いて行くのだろう

私はもう捨てたのに 私を包む寝床も

あったかい話も燭火(ともしび)も――それだけれども

なぜ私は歩いているのだろう

 

朝が来てしまったら 眠らないうちに

私はどこまで行こう……こうして

何をしているのであろう

 

私はすっかり濡(ぬ)れとほったのだ 濡れながら

悦ばしい追憶を なおそれだけをさぐりつづけ……

母の あの街のほうへ いやいや闇をただふかく

 

 

ゐる

ちゃうちん

やうやく

とほい

だらう

あつたかい

ゐるのだらう

しまつたら

行かう

かうして

ゐるのであらう

すつかり

とほつた

なほ

 

――と、これだけの歴史的表記を現代表記にしてみるだけで

詩は一気に現代に降り立つと思いませんか?

 

促音(そくおん)や拗音(ようおん)はともかく

ゐ、とか

だらう、とか

やうやく、とか

行かう、とか。

 

「ダラウ」とか「イカウ」とか

発音していたわけでもありませんし。

 

 

途中ですが                                          

今回はここまで。

 

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