立原道造の詩を読む/「暁と夕の詩」の夕の歌「或る風に寄せて」
「失はれた夜に」がはじめ
「ある不思議なよろこびに」のタイトルで
中原中也の詩をエピグラフに引用していたという理由で
詩集「暁と夕の詩」をひもとくきっかけにして
詩集の後半部をざっと読んできました。
夜の闇をさまよう詩人は
朝の光りに辿りついたのでしょうか?
最終詩「Ⅹ 朝やけ」に至っても
夜は明けていないようでした。
前半部を読んでいきます。
◇
Ⅰ 或る風に寄せて
おまへのことでいつぱいだつた 西風よ
たるんだ唄のうたひやまない 雨の昼に
とざした窗(まど)のうすあかりに
さびしい思ひを噛みながら
おぼえてゐた をののきも 顫(ふる)へも
あれは見知らないものたちだ……
夕ぐれごとに かがやいた方から吹いて来て
あれはもう たたまれて 心にかかつてゐる
おまへのうたつた とほい調べだ――
誰がそれを引き出すのだらう 誰が
それを忘れるのだらう……さうして
夕ぐれが夜に変るたび 雲は死に
そそがれて来るうすやみのなかに
おまへは 西風よ みんななくしてしまつた と
(岩波文庫「立原道造詩集」より。)
◇
【現代表記】
Ⅰ 或る風に寄せて
おまえのことでいっぱいだった 西風よ
たるんだ唄のうたいやまない 雨の昼に
とざした窗(まど)のうすあかりに
さびしい思いを噛みながら
おぼえていた おののきも 顫(ふる)えも
あれは見知らないものたちだ……
夕ぐれごとに かがやいた方から吹いて来て
あれはもう たたまれて 心にかかっている
おまえのうたった とおい調べだ――
誰がそれを引き出すのだろう 誰が
それを忘れるのだろう……そうして
夕ぐれが夜に変るたび 雲は死に
そそがれて来るうすやみのなかに
おまえは 西風よ みんななくしてしまった と
◇
西風は秋風でしょうか?
夕暮れのたびに陽の沈む方から吹いてくる。
どこからか あまり上手ではない(のんびりとした)歌が聞こえてきます。
雨の昼どき。
窓を閉ざしたうすらあかりの部屋で
僕はさびしい思いを噛みしめている。
◇
おぼえていた おののきも 顫(ふる)えも
あれは見知らないものたちだ……
◇
こういう詩行に
少し戸惑うのは致し方ないことでしょう。
おぼえていた、は
前連の、噛みながら、から連続しながら
おぼえていた、と
見知らない、と齟齬(そご)する関係。
見知らない(=初めてである)に重心をおいて
読みます、とりあえず。
夕暮れどきに日没する方角から吹いてくる風が
僕のこころを支配しています。
◇
おまえ=西風が歌った遠い調べが
どんな調べ(メロディー)だったのか。
さびしい思いを掻き立てるのだけは
確かです。
誰が吹かせるのだろう?
そして
誰が忘れるのだろう?
◇
夕暮れは夜に変わるたびに
雲は消え失せ
次第に濃くなってくる薄闇の中に
おまえ、西風よ
寂しさも憂(うれ)わしさもなにもかも
みんな失くしてしまった――。
◇
3度現れる「おまえ」が
全て西風なのか。
女性の影が
見えなくもない。
女性でなくてはならないものでもなく。
◇
つづく。
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