立原道造の詩を読む/「暁と夕の詩」の最終詩「朝やけ」
朝やけよ! 早く来い――眠りよ! 覚めよ……
つめたい灰の霧にとざされ 僕らを凍らす 粗(あら)い日が
訪れるとき さまよふ夜よ 夢よ ただ悔恨ばかりに!
――と「さまよひ」で歌ってのちに、
「暁と夕の詩」の最終詩「朝やけ」では
夜を脱したのでしょうか?
さまよふ夜よ 夢よ ただ悔恨ばかりに!
――と歌った悔恨は
詩人のこころから立ち去ったでしょうか?
昨夜の眠りはよごれた死骸と化し
僕は亡霊のような女性の影を見ます。
◇
Ⅹ 朝やけ
昨夜の眠りの よごれた死骸の上に
腰をかけてゐるのは だれ?
その深い くらい瞳から 今また
僕の汲んでゐるものは 何ですか?
こんなにも 牢屋(ひとや)めいた部屋うちを
あんなに 御堂のやうに きらめかせ はためかせ
あの音楽はどこへ行つたか
あの形象(かたち)はどこへ過ぎたか
ああ そこには だれがゐるの?
むなしく 空しく 移る わが若さ!
僕はあなたを 待つてはをりやしない
それなのにぢつと それのベツトのはしに腰かけ
そこに見つめてゐるのは だれですか?
昨夜の眠りの秘密を 知つて 奪つたかのやうに
(岩波文庫「立原道造詩集」より。)
◇
【現代表記】
Ⅹ 朝やけ
昨夜の眠りの よごれた死骸の上に
腰をかけているのは だれ?
その深い くらい瞳から 今また
僕の汲んでいるものは 何ですか?
こんなにも 牢屋(ひとや)めいた部屋うちを
あんなに 御堂のように きらめかせ はためかせ
あの音楽はどこへ行ったか
あの形象(かたち)はどこへ過ぎたか
ああ そこには だれがいるの?
むなしく 空しく 移る わが若さ!
僕はあなたを 待ってはおりやしない
それなのにじっと それのベットのはしに腰かけ
そこに見つめているのは だれですか?
昨夜の眠りの秘密を 知って 奪ったかのように
◇
よごれた死骸と言うほどに
昨夜の眠りはうだうだとした潔(いさぎよ)くないものだったのだけれども
その残骸の上にやってきて
今また腰かけている(離れようとしない)女性の幻影。
暗い瞳に
僕は何を読み取ろうとしているのだろう?
◇
音楽であった
美しい形象(すがた)は
牢屋(ろうや)のようなこの部屋を去って
どこへ行ってしまったのか。
◇
そこに座っているのは誰なの?
僕は老いてしまったし。
あなたを待っていやしないよ。
◇
それなのに黙って
ベッドのはしに腰かけて
見つめているのは だれですか?
僕の昨夜の眠りの秘密を知って
僕(の心)を奪ったかのようにしている
おまえ。
◇
詩集の最終詩にしても
恋の終りは訪れようとしていないような。
甘やかさが無くなったのが
恋の終りを告げているような。
◇
「朝やけ」は
「四季」1936年春季号に発表され
「暁と夕の詩」に収録されました。
立原道造が生前に発表した詩集の
最終詩ということになります。
◇
つづく。
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