立原道造の詩を読む/第2詩集「暁と夕の詩」から「溢れひたす闇に」
第2詩集「暁と夕の詩」の「失はれた夜に」の次にあるのが
7番詩「溢れひたす闇に」です。
◇
Ⅶ 溢れひたす闇に
美しいものになら ほほゑむがよい
涙よ いつまでも かわかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立つた
つめたい!光にかがやかされて
さまよひ歩くかよわい生き者たちよ
己(おれ)は どこに住むのだらう――答へておくれ
夜に それとも昼に またうすらあかりに?
己は 嘗(かつ)てだれであつたのだらう?
(誰でもなく 誰でもいい 誰か――)
己は 恋する人の影を失つたきりだ
ふみくだかれてもあれ 己のやさしかつた望み
己はただ眠るであらう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬に溶けいるために
(岩波文庫「立原道造詩集」より。)
◇
【現代表記】
Ⅶ 溢れひたす闇に
美しいものになら ほほえむがよい
涙よ いつまでも かわかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立った
つめたい!光にかがやかされて
さまよい歩くかよわい生き者たちよ
己(おれ)は どこに住むのだろう――答えておくれ
夜に それとも昼に またうすらあかりに?
己は 嘗(かつ)てだれであったのだろう?
(誰でもなく 誰でもいい 誰か――)
己は 恋する人の影を失ったきりだ
ふみくだかれてもあれ 己のやさしかった望み
己はただ眠るであろう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬に溶けいるために
◇
この詩は
立原道造が詩作と等しく創作に打ち込んでいた
物語の一つ「鮎の歌」(「新潮」1937年7月号)の
結びのソネットとしても登場します。
鮎は、信濃追分の本陣、永楽屋の孫娘で
弁護士、関一三の長女、関鮎子のこと。
恋人のような恋人ではないような
立原道造の詩や物語のヒロインの
モデルの一人でした。
◇
たとえば第1詩集「萱草に寄す」「SONATINE No2」にある「夏の弔ひ」に
第2連、
投げ捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
――とある紙切れは
鮎からの手紙を関西旅行の途中
潮岬の海上で破り捨てた(小川和佑説)ことが
伝説的に伝わっている有名な事件の影でした。
この事件が1937年(昭和12年)8月にあり
「暁と夕の詩」が刊行されたのは
同年12月のことでした。
◇
つづく。
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