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2017年2月 1日 (水)

中原中也が「四季」に寄せた詩・番外編/三好達治の「在りし日の歌」批評・その3

 

三好達治の「詩集在りし日の歌』」というタイトルの批評文冒頭部の

後半部を読みましょう。

 

前半部で

中也の詩人としての出発に

ダダイズムの影響があったことが指摘されました。

 

ダダイズムは破調、破格も

一つの方法でしたが

三好達治は中也の詩にたびたび現れる破調、破格を

自己矛盾的な破壊作業と断じ

さらに断言は強い声調を帯びます

 

 

中原中也の詩歌のほとんどが

絶望と苦悩の、

聞き手もない淋しい孤独者の挽歌であった。

 

孤独なのは

思想が深遠なためでも、高邁(こうまい)なためでもなさそうである。

 

中原中也は、深遠とか、高邁とかを目ざして

自らを愛護し、発展させ成長させて高所に至った、というような詩人ではなかったのだから。

 

最初から、歌の外の一切を見失った詩人だった。

(歌にしか活路はなかった。)

 

出発当時を知らないから想像しがたいのだが

この詩人にはありきたりな変化や発展というものが起こりようがなかったのであろう。

(正統の学問をしなかったことを三好は言っているのだろうか?)

 

そのために30歳になっても20歳の日の「在りし日の歌」を歌い続けていた。

 

こうして中原中也の詩歌は

独自の、一種深沈たる趣をそなえて

成年者の悲哀と同時に壮年者のもの足りなさを含めた

奇妙な、そして奇妙ななりに確乎とした

抒情的詩境に達したのである。

 

 

独自で、深沈たる趣があり

成年者の悲哀も、壮年者のもの足りなさも(歌い込まれ)

奇妙であり確乎とした

抒情的詩境に達した

――というこのくだりは

中也詩の抒情の成立(過程)やありかを

三好が積極的に肯定している部分です。

 

こういうところで

三好は中也を認めざるを得なかったのですし

個々の詩を「根こそぎ否定する」わけにはいきませんでした。

 

そして続けます。

 

 

そうなのだ。

 

中原中也の詩の第一の魅力は

確乎とした、中原中也の主観にあり

悲哀の重量にある。

 

(この)一本調子の、単一な、

純粋な詩境を保持した

自信に満ちた詩人が存在したことは

驚異であり、称賛に値する。

 

中原中也は、自信を秘かに胸の奥に持っていたのだ。

 

それは生活の一挙一動、作品を見ればわかる。

 

(私が)不可解と先に言った

調子の破格、詩語の唐突な使用などは

この自信の結果であり

主我的な見解の偏狭さから生じているのかも知れない。

 

 

――と結んでいます。

 

三好には

エゴイスティック(主我的)なものの見方の狭さが受け入れがたく

何かしら「学問」みたいなもの

高度な教養みたいなものが

詩人には必要なのだと言いたくて仕方のないような

流れの結語です。

 

この流れの中に

幾分かは肯定的評価が含まれているところは

ほとんど相容れることのなかった二人の詩人に

響き合うものがあったことを示しますから

よろこばしいことと言うべきでしょう。
 

この結語が

なんとも迫力に欠けるものであるにしても。

 


 

個々の詩への

三好達治の親近の度合いが

この後、具体的に述べられたのは

先に読んできた通りです。
 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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057中原中也と「四季」」カテゴリの記事

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