新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界・番外編/苦悩する「雲」
第1詩集「睡り椅子」の刊行が1953年ですから
「16歳のノート」が16歳までの詩を書き貯めたエチュードだとすると
詩人は敗戦の1945年に16歳だったのですから
東京に移住する前の作品ということになり
初期詩篇のうちでも
早くに制作された作品が書き記されていることになります。
「雲」はその一つであることは
詩の内容からも理解できます。
◇
雲
荒れ気味の夜
窓をあけると
あおぐろい雲が
ついそこまで下りて来て
もがき 逃げ廻り 蛇の様にのたうつてゐた
見てゐると
雲はひとつではなかつた
たくさんの雲たちが
あの様に よつて たかつて
すさまじい歌をうたつてゐるのであつた
すでに
雲は雲ではなかつた
それは 女の群像であつた
女たちの群像であつた
女たちの苦悩の姿であつた
さうして
嵐の来る前夜の空に
あの様に髪をふりみだし たけり くるひ
苦しんでゐるのであつた
いつまでも見てゐると
胸が圧潰されさうなのは そのせゐだ
わたしは重苦しく窓を閉める
するとこんどは
はげしい雨が窓玻璃(ガラス)をたたいた
(花神社「新川和江全詩集」所収「現代詩文庫64『新川和江詩集』」初出詩篇より。)
◇
エッセイ集「詩の履歴書」中の「わたしは風――雲ではなく」には
「雲」について、
昔、実際に生家の窓際から見た雲を描写した
リアリズムの詩であるとしつつ
その雲に重ねたメタファーを、
群れの中には、母もいた。叔母たちもいた。姉もいた。近隣のおばさんたちもいた。彼女たちは、表面おだやかに笑っているが、内部には皆修羅をかかえていて、真実の姿を目に見えるようの描き出そうとすれば、あの雲のように、苦しみ、もがき、のたうち回り、泣きすがって何かを訴えたがっているにちがいないのだった。
――と具体的に説明しています。
そのうえで、
あんなふうになるのは厭だ。あんな生き方は哀し過ぎる。私はもっとはればれと生きたい。のびのびと生きたい。
――などと、まんじりともせずに考えた
その夜のことを書き留めています。
◇
そして、
雲であるよりも風になろう
――と将来の展望を脳裏に描いたことが記されているのですが
それにしても「雲」には
戦時下農村に生きる女性の(内面を含めた)状況が
16歳の少女の眼差しの中に捉えられていたところに注目しないわけにはいきません。
◇
嵐の来る前夜の空に
あの様に髪をふりみだし たけり くるひ
苦しんでゐるのであつた
――という詩行に
女性たちの置かれた状況が鷲掴みにされています。
花々や草々や
水や空や……。
雲の描写が
人物の、それも女性たちの苦悩にかぶせられるという例は
この時代の作品にそれほどあるわけではありませんが
メタファーがズバリと命中して
雲が女性たちそのもののような生々しさでせまってくるではありませんか。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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