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2017年3月 3日 (金)

新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「小さな風景画」その2

風景画のなかからやってきた

あなたが誰のことかは

すぐに理解できることでしょう。

 

いうまでもなく

それは風です。

 

 

この詩の面白さは

絵の中に入り込んだ詩人が

絵の中の自然に溶け込んでしまうところですが。

 

遠い杜の樹木たちの一葉一葉が

はっきりと見えて来て

緑が陽にもえ

よろこんでいる葉ずれの音までが聞こえ来るのは

風の力(恵み)なのだと知って

……

風に人格として呼びかけてしまうところです。

 

あなたは 靴を

穿いていらっしゃるの?

――と。

 

おみやげの花束の匂いを残して帰っていく

風はあなたなのです。

 

 

1個の風景画のある部屋(の暮らし)の描写にはじまる詩が

絵の中に没入し

絵の中の登場人物(存在)と化し

いつのまにか風に呼びかけてしまう

――という展開の面白さ。

 

絵の中と外の境界が

一瞬にして越境される。

 

 

もう一つの魅力は

風が吹いているのは絵の中での出来事であることを自覚したはずの詩(人)は

そうでした! と自覚しながら

それでもなお

風に呼びかけるところ。

 

泣かないでおわかれしましょう

微笑んでさよならしましょう

――と。

 

風を見たのは

絵空事でもなんでもないと言わんばかりに

あくまでも

絵の中に詩人も存在し続けます。

 

絵空事でもなんでもないことが

そうして

最後の1行で明らかにされるまで

絵の中の人に成りきるところ。

 

 

別れの歌が

こうして

詩人が眼を閉じるだけで完成します。

 

 

この詩の魅力を

さらにもう一つを付け加えるのは

蛇足でしょうか――。

 

第1連は

この風景画が置かれてある現実を描写します。

 

額縁の絵は

窓のようになって

暗い部屋を明るくしていて

そこに「ふたり」がいます。

 

謎のようなこの「ふたり」ですが

よく考えてみれば

結婚してすぐに上京した詩人には

暮らしを共にする夫があったのです。

 

 

間然として隙(すき)のない。

 

抒情の一つの形がここにあります。

 

 

この詩をもう一度

現代表記で読んでおきましょう。

 

 

小さな風景画

     ――わかれの歌――

 

みつめていると

その額縁はまどのように

ふたりの前にひらいているのです

わびしさのきわみの様な此の部屋の

罪の裏さえ晴れやかに明るいのは

どうやら光がそこからさしているためでした

 

遠い杜の 樹木たちの

一葉(ひとは)一葉が次第にはっきり見えて来て

緑が陽にもえ

はてはよろこびに鳴る葉ずれの音までが

手にとる様に聞こえるのでした

おお涼しい風!

これは彼方の蒼空に生れ

若い樹木たちの間を縫って

少年の様に口笛を吹きながら流れ込んで来た風

 

あなたは 靴を

穿いていらっしゃるの?

 

そうでした! そうでした!

 

あなたもやっぱり画の中の

杜の方からやっていらっしゃったのでした!

おみやげの花束は

あの杜かげに咲いたゆかしい白すみれ

やさしいにおいをそっとのこして

お帰りになったとて何のふしぎがありましょう

 

泣かないでおわかれしましょう

微笑んでさよならしましょう

画の中へ

お帰りになるあなた――

あのほそい小径をとおって

いとしい姿が杜にかくれてしまうのを

見るのがとてもつらいので

わたしはこうして眼をつぶります

 

さようなら

さようなら

 

(花神社「新川和江全集」所収「睡り椅子」より。)

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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