新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「虐殺史」のメタファー
詩が書かれた背景を知ったからといって
詩を読めるものでないのは
一つには詩内容(あるいは詩のテーマ)が
書かれた背景(現実)に言及しないことがあるからです。
ヒントになる詩行がわずかにでもある場合はともかく
現実の痕跡すらも現れない詩がありますし。
背景を知らなくては読めない詩であるのなら
詩の独立(性)を損なうという詩法を排除することにもなります。
◇
「虐殺史」は
そのようなことを考えさせてくれますが
いったい、では、
詩の背景が詩の中に現われるでしょうか?
「虐殺史」は
こういう問いには
比較的に容易に答えることができるでしょう。
第1連、
俎板の上
諦念の魚
今宵も疲れはてし此の身
つめたき臥床(ふしど)
――は、
詩人の生(活)の現実から歌い出していると捉えて
ほぼ間違いはないことでしょう。
詩人の苦悶が
生計上のものを含むかどうか
経済的困難を訴えたものでないことを察することができるなら
これはやはり
詩作に由来する苦しみのメタファーであることを知るでしょう。
第2連は、
この苦しみをギリシア神話にかぶせて
この詩の最大のレトリックが仕掛けられますが
「プロクラステスの寝台」にとらわれているうちに
詩を見失いがちになるところでもあります。
◇
この詩の最大の眼目(謎)は
終連の、
夜もすがら脅かす風
夜もすがらまたたくランプ
――ではないでしょうか?
1連で訴えられた苦悶の原因が
この2行に捉えられていることを理解するまでに
「プロクラステスの寝台」の神話に気を取られて
読者は神話の学習に追われます。
それはそれで
詩を読む楽しみの一つですし
この詩の生命に繋がりますから
大いに楽しんだらよいのですが
プロクラステスの寝台(という詩語)の衝撃で
見失いがちなのが
終連の2行です。
ことさら、
夜もすがらまたたくランプ
――です。
◇
途中ですが
今回はここまで。
◇
虐殺史
俎板の上に横たへられし
諦念の魚のごとく
今宵も疲れはてし此の身を
つめたき臥床(ふしど)に横たへぬ
夢見ぬ
おそろしき夢見ぬ
わが臥せるはプロクラステスの寝台
夜の街の辻にさらはれては
その上に横たへられて
長き者はみじかく斬られ 短き者は引伸ばされ
無惨にも殺されゆくてふ
かの 古代ギリシヤの暗黒の夜を……
われを細裂(こまざ)く賊こそ見えね
夜もすがら脅かす風
夜もすがらまたたくランプ
あはれ まこと 此の暗き世に生きてあれば
かの遠き世の道ゆく“とつくにびと”のごとく
罪なきにとらはれの身ぞ われは。
(花神社「新川和江全詩集」所収「睡り椅子」より。原作のルビは” “で示しました。編者。)
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