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2017年3月17日 (金)

新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「虐殺史」の背景

 

 

連詩「PRAYER」からいくつか後に

「虐殺史」は配置されてあります。

 

「雪の蝶」

「小さな風景画」

「冬の金魚」

PRAYER

「断章」

――と読んで来た流れが

突如強い地震に襲われたような。

 

タイトルを見る限り

ギクリとしないではいられない衝撃を受けます。

 

何事か事件があったのでしょうか?

 

何が起きたのでしょうか?

 

 

虐殺史

 

俎板の上に横たへられし

諦念の魚のごとく

今宵も疲れはてし此の身を

つめたき臥床(ふしど)に横たへぬ

 

夢見ぬ

おそろしき夢見ぬ

わが臥せるはプロクラステスの寝台

夜の街の辻にさらはれては

その上に横たへられて

長き者はみじかく斬られ 短き者は引伸ばされ

無惨にも殺されゆくてふ

かの 古代ギリシヤの暗黒の夜を……

 

われを細裂(こまざ)く賊こそ見えね

夜もすがら脅かす風

夜もすがらまたたくランプ

あはれ まこと 此の暗き世に生きてあれば

かの遠き世の道ゆく“とつくにびと”のごとく

罪なきにとらはれの身ぞ われは。

 

(花神社「新川和江全詩集」所収「睡り椅子」より。原作のルビは” “で示しました。編者。)

 

 

夢の出来事でした。

 

夢は現実生活との関係で

深層分析されるのが普通ですから

この詩を書いた詩人の実生活が

「プロクラステスの寝台」の夢を見させたと考えるのが自然ですが

そんなことを実証する手がかりは容易に見つかるものではありません。

 

やはり詩の中にしか

詩を読むことはできないということになり

夢分析の手法は役立たなくなります。

 

 

――とは言っても

この詩を書いた動機が何であったか

気になるところです。

 

草臥(くたび)れて眠りについた夢ということですから

家事の苦労ということも視野に入れなければなりませんが

ここではやはり詩を作ることに疲れ果てたと読む以外にありません。

 

もちろん、疲れはてし、という詩行に

レトリックとしての誇張があることを忘れてはなりませんし

詩を作ることの苦悩が

どれほどの疲労を伴うものであるかを

想像しなくてはなりません。

 

 

こうして、

素手で、詩は読まなければならないのですが

詩人が1975年に著した小自伝「始発駅にて」に

次のように記してあるのは大きな参考になります。

 

 

昭和21年(1946年)

4月、「イシャサマノタダシサン」と幼い頃から呼んでいた、新川家の長男淳と結婚。学校に行きたければ行くもよし、好きなように生きてよいからというのが、淳が前年の暮に中支から復員して以来、聞かされ続けた結婚の条件であった。

(現代詩文庫64「新川和江詩集」より。)

 

 

このような結婚であったからこそ

「断章」で読んだように

一般家庭の日常茶飯事を詩人は

却って自らに厳しく課していた節があります。

 

このような結婚であったからこそ

好きなように生きることの困難を詩人は

自ら真剣に受け止めなければなりませんでした。

 

好きなように詩を書く、ということの困難を

終戦前後の時代に

詩人は生きていたのですから

それは想像を絶する冒険のようなことでした。

 

 

夫からは、好きなように生きよと言われはしても、経済の自立無しに、女の自由があるとはどうしても思えなかった。あったとしても、それでは虫がよすぎはしないか。

 

――と同じ「始発駅まで」に詩人は記します。

 

 

詩人は

職業作家(詩人)の道を生きる決意を

結婚の当初から持っていたのですが

いま、こうしてその道を歩みはじめ

まもなくプロフェッショナルな文学活動へと参加することになります。

 

 

「虐殺史」が書かれたのには

こうした背景がありました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

 

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