新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「虐殺史」の「またたくランプ」
プロクラステスが襲ったのは
夜の街道でのことなのに
最終連では
賊の姿こそ見えないけれど
夜もすがら吹く風
そして
夜もすがらまたたくランプとあり
夜の風はよいとしても
またたくランプが恐ろしい! というこの1行を
どう解釈したらいいのか。
はじめのうちは
面食らうのですが
ここにこの詩全体が仕掛けているメタファーに思い至れば
それほど理解に苦しむほどのことではないことに気づきます。
◇
そうです!
この詩「虐殺史」は
詩作のメタファーであったはずではないですか。
煥発(かんぱつ)する都会の光景が
詩人を苦しめることを
想像することはそれほど困難ではなくなってきます。
◇
詩人が一篇の詩を生み出すときに
煌々として輝く明かり。
暗闇ではなく
灯されたランプが赤々として消えない中で
執行される拷問。
詩作する時間が
執行者の姿が見えず
止まない風と
消えない明かりの元で行われる虐殺。
そのメタファーであるという
無気味なレトリック――。
◇
現代の詩人たちは
このような虐殺の歴史を生きているのでしょうか?
◇
「虐殺史」を自ら案内して
詩人は次のように記しています。
◇
(プロクルステスは)
ギリシヤ神話に出てくる追いはぎで、エレウシスの街道に、長短二つの寝台を用意して通行人を待ち伏せしては、詩でも述べているような残虐な殺し方をしたらしい。こんな追いはぎに捕ったらたまったものではないけれど、ガス室や原爆での大量殺人に較べれば、まだしも人間的であるとも言える。
(「詩の履歴書」所収「プロクラステスの寝台」より。)
◇
詩にある「とつくにびと」の「とつくに」は「異国」のことです。
詩人は詩人になるために
異国人のような気持ちで
アテナイ(詩の国)への街道を行く旅人になり
プロクラステスの寝台(評定)に載せられます。
その虐殺の歴史を生き抜いてきたのよ
――と若き詩人が
心の底から訴えているようです。
この詩が作られたのは
「荒地」派の詩人たちが
歌うばかりではなく
考える詩を主張していた時代のことでした。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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