新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「君よ 籐椅子のやうに」の毛虫
毛虫が現われる詩が
ほかにもあり、びっくりしています。
「睡り椅子」はじめの章「雪の蝶」の
3番詩「君よ 籐椅子のやうに」です。
◇
君よ 籐椅子のやうに
君よ
籐椅子の様にわたしを抱いて
此のみどりの藤棚の下でねむらせて下さい
夏の日の午睡のひととき
世界中におそれるものの
何ひとつとてない此の誇らかな幸福を
静かに眠りつつ夢みたいのです
静かに夢みつつ楽しみたいのです
やがて
むらさきの花房が
音もなくしづしづと垂れてくるでせう
頬といはず胸といはず腕といはず
はては二重顎のかげの頸筋にまで捲きついて
おお わたしの体はむらさきの花房まがひ!
わたしは眠りながらほのかに微笑して
その花のひとふさを握ろうとします
するとまあ それはあなたの
やさしい腕 あたたかな抱擁
限りなき幸福よ
何おそれよう 藤棚の毛虫を
花散らす秋風を 移りゆく季節を――
花房は君が腕
籐椅子の様に安楽なる君が腕ゆゑ!
(花神社「新川和江全詩集」所収「睡椅子」より。)
◇
冒頭詩が「しごと」で
2番詩「愛人ジュリエット」であり
この詩が3番目に配置されている意図を汲めば
この詩の重要な位置づけというものが
理解できることでしょう。
第1詩集「睡り椅子」の中で
「君」が初めて登場するのもこの詩ですし。
「しごと」も「愛人ジュリエット」も読んでいないのですから
その位置づけを理解するというのは無理な話ですが
詩集の最終詩に「おもひ出」を配置し
この詩「君よ 籐椅子のやうに」
単なる並び順のように見えるこの配置が
偶然であるはずもありません。
最終詩が重要な位置づけであるように
3番詩が重要であるという位置づけは
疑いようにありません。
二つの詩は
重要な位置づけにあるうえに
毛虫という詩語の使用で接続しているという
意図も浮かび上がってくることでしょう。
◇
こちらの毛虫は
何おそれよう 藤棚の毛虫を
――とあるように
「おもひ出」の毛虫と同じく
恋を脅かす存在です。
より明確に
怖い存在の象徴ですが
花散らす秋風を 移りゆく季節を――
――と続けられて
恋の翳(かげ)りを予感するかのようなこころが
歌われます。
幸福の絶頂を願望しながら。
◇
「おもひ出」では
飛葉を毛虫たちの末の形である蝶々と見まがうわたしでしたから
恋はすでに遠い日のことでしたが
この詩でも
恋の絶頂を願望するゆえに
その終わりをも瞥見(べっけん)する眼差しがあります。
◇
甘苦しいだけのような詩ではありません。
その装置として
毛虫たちは現れます。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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