新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/「晩春秘唱」の別れ
晩春秘唱
――ちかひ――
おそはるの空あをくして
花さへ散りてゆくものを
ながれのほとりかのひとは
かなしきことを誓ひにき
――薔薇――
なみだの水をついだとて
しをれし薔薇のせんなしや
わが若き日の悔恨の
雲はゆくなり 空とほく
――夕ひばり――
夕やけ雲に啼くひばり
草間のかげをゆく流れ
せつなくもだしよりそへど
わがかなしみは君知らず
――春ゆくらし――
日毎待てるに来ぬふみの
かへすがへすもうらめしや
きのふもけふも降る雨に
春ゆくらしの花が散る
――おもひで――
おもひでゆゑに 切々と
逝く春の夜は雨よ降れ
かかるゆうべはかの君も
かなしくなみだぬぐふらむ
(花神社「新川和江全詩集」所収「睡り椅子」より。)
◇
この詩は「昨日の椅子」に収められていますから
東京へ移住する前の制作と捉えてよいでしょう。
わざわざそのように解する必要はないのかも知れませんが
文語七五調でもありますし
早い時期の作品であることには違いなく
だとすれば、
女学生の恋がまっすぐに歌われた詩ということになり
抒情の誕生を
つぶさに見ることができるのですから
自然身を乗り出す姿勢になります。
◇
女学生詩人はすでに、
わが若き日の悔恨の
雲はゆくなり 空とほく
――と青春を振り返ります。
(第2詩)
かなしい誓い(第1詩)とは
やむを得ない長い別れに
誓った愛の言葉でしょうか。
それとも
恋人は出征したのでしょうか。
◇
せつなくもだしよりそへど
わがかなしみは君知らず
――は、恋人の間が最も接近した時間をとらえて
この詩の頂点にさしかかります。
言葉なく寄り添っていたけれど
キスの一つもしてくれなかったという
秘めた女心が隠されているでしょうか。
◇
第4詩「春ゆくらし」の春は
一度巡ってまたやって来た春なのでしょう。
1年も待ち続けて
来なかった手紙。
雨ばかりがつづいて
桜は散り急ぐ。
◇
すでに思い出となった恋――。
どうせ思い出、遠い日のこと。
今年の春も逝く。
きっとあの人も
このような夕(ゆうべ)には
悲しみの涙をながしていることでしょう。
きっと。
◇
詩人がこのような別れを
実際に経験したのかどうかという関心にまさって
この詩の味わいどころは存在するでしょう。
「ちかひ」から「おもひで」に至る物語が
この詩には流れていますが
その流れの中に述べられるこころの
まるで成熟した女性を思わせるせつなさが
女学生詩人によって歌われたところです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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