新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/毛虫の「おもひ出」
毛虫たち!
――として現れる毛虫は
いったいどこに存在したのでしょうか?
◇
二人は
川のほとりにいて
せせらぎがきこえています。
せせらぎの音にさえぎられて
あなたのささやきは聞こえなかったし
それどころか
みどりの葉かげに潜んでいる
毛虫たちがこわかったから
とても耳に入らなかったと
遠い日の思い出を語っている第1連は
次の連に行くと
5月だった同じその日その時に流した涙は
青葉の緑がまぶしかったせいだったことを明かします。
◇
緑の葉陰の毛虫たちは
第2連で
まぶしい緑の中に消えてしまうのですが
第3連で
ふたたび現われ
今度は蝶になります。
……といってもこの蝶は
あの日の蝶ではなく
幾年月が流れて
結婚したわたしが築いている家庭の
晩ご飯のための買い出しに出た街の
落ち葉が舞うのを見て
想像する中に出てくる蝶でした。
何年も後になって
都会の街角で見た落葉が
あの日の毛虫たちが羽化して飛び立ったイメージとして
突然現れたのでした。
蝶といっても
ひらひら舞い落ちる黄色い葉が
骸(むくろ)を連想させたのでした。
◇
そして最終連最終行は
「あなたもどこかでぬれてゐるのでせうね?」
――と遠い日の恋心が消滅していないことを歌って
閉じられます。
◇
怖いのと眩しいのとが絡まりあうはじまりから
街角で見た落葉が蝶の死骸へ連結する現在へ。
思い出がよみがえるとき
毛虫たちは毛虫でなくなって
蝶々のむくろになって現れる
骨太なイメージの飛躍と時間の経過が
この詩の命になっています。
乙女の恋に現われる毛虫のイメージ(思い出)が
妙に生々しく
詩に強度を与えているのは
この詩が口語自由詩であることと無縁であるはずがありません。
◇
それにしても
毛虫たちはどこに存在したでしょうか?
この詩が
リアリズムの詩と一線を画している謎が
この問いに隠されているようです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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