新川和江・抒情の源流/「睡り椅子」の世界/豊かな「れんげ畠」
れんげ畠
れんげ田に
ひとり寝て
ひとり仰いだ
空あをし
れんげ綴りし
首かざり
はかなく風に
とけにけり
わが吹きならす
口笛は
をとめ子ゆゑに
うら寂し
れんげ畠に
ひとり寝て
心 れんげに
染まるらむ
(花神社「新川和江全詩集」所収「睡り椅子」より。)
◇
この詩は
おそらく最も初期の作品の一つでしょう。
戦前の作品ですし
初めは文語定型詩になるのは
自然の流れですし。
◇
一面に咲く濃いピンクのれんげ畠にやってきた少女が
仰向けになって見上げた空は青い。
摘み取って作った首飾りは
風にあたってもはや萎れている。
口笛が口をついて出てくるが
少女の口笛だから寂しげだ。
れんげ畠に一人寝ていると
こころはれんげに染まります。
◇
シンプルな詩ゆえ
読むむずかしさを迫られます。
詩行を一通り追ってみると
詩のなかに入ることができますが
パラフレーズすれば
詩を失うことは歴然としています。
◇
ある行為を書き留め
その時生じた心を歌うのに
行分けすれば詩ができる、
ルフランすれば詩ができる、といってしまえば
詩作りは余程簡単なことになってしまいますが
詩を作る最初には
詩に親近する手法の糸口というものがあり
その糸口の一つが
行分けでありルフランであり
定型へのはじまりであるということくらいは
言い切って可能でしょう。
その上この詩は
文語体七五調の形(定型)で作られています。
◇
この詩には、その上、
擬人法や比喩や象徴化といった
修辞こそ見当たらないものの
心を述べ
心を歌うときに
そのものになってしまうという方法への萌芽があります。
心 れんげに染まるらむ
(心はれんげ色に染まる、としないところ)
――は
やがて(もしくは、すでに)
「ひばりの様に」の、
胸はりさけて死んだとて
それでよいではないですか
や、
「冬の金魚」の、
ひらひら ひらひら
や、
「雲」の、
すでに
雲は雲ではなかった
――などに通じています。
◇
さらにこの詩の最大の醍醐味は
一人ぼっちの寂しさの調べを歌いながら
寂しさを一つ一つ拾い集めて
寂しさの豊かさみたいな
寂しさがいっぱいあるような
賑やかな表現に達しているところです。
寂しさを思う存分に
歌っているところです。
◇
次の詩にも
同じようなことが言えるでしょう。
◇
夕立あと
夕立あとの
空のよな
明るい心に
なりませう
夕立あとの
雲のよな
大きなのぞみを
持ちませう
夕立あとの
虹のよな
美しい娘(こ)に
そだちませう
◇
女学生の抒情の豊かさは
絢爛(けんらん)の域にあります。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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