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2017年5月16日 (火)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その15/「みちこ」

 

 

大きく捉えれば失恋の歌、片恋の歌と言えても

中原中也の恋の詩は

同じ調子の単旋律ではありません。

 

「山羊の歌」中の恋歌と「在りし日の歌」中の恋歌が

異なる響きを持つのは当然にしても

「山羊の歌」の中だけでも

恋の歌の旋律は色々に変化します。

 

 

みちこ

 

そなたの胸は海のよう

おおらかにこそうちあぐる。

はるかなる空、あおき浪、

涼しかぜさえ吹きそいて

松の梢(こずえ)をわたりつつ

磯白々(しらじら)とつづきけり。

 

またなが目にはかの空の

いやはてまでもうつしいて

竝(なら)びくるなみ、渚なみ、

いとすみやかにうつろいぬ。

みるとしもなく、ま帆片帆(ほかたほ)

沖ゆく舟にみとれたる。

 

またその顙(ぬか)のうつくしさ

ふと物音におどろきて

午睡(ごすい)の夢をさまされし

牡牛(おうし)のごとも、あどけなく

かろやかにまたしとやかに

もたげられ、さてうち俯(ふ)しぬ。

 

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして

ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かいな)して

絃(いと)うたあわせはやきふし、なれの踊れば、

海原(うなばら)はなみだぐましき金にして夕陽をたたえ

沖つ瀬は、いよとおく、かしこしずかにうるおえる

空になん、汝(な)の息絶(た)ゆるとわれはながめぬ。

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)

 

 

詩に歌われている女性が

実在のモデルがあって

その女性を歌ったものであるかどうか。

 

「みちこ」が

長谷川泰子を歌った詩であるか

大岡昇平は別の女性の可能性を指摘していますが

これも特定できるものではなさそうです。

 

 

モデルの実証に心を奪われるよりも

中也の恋の詩をいくつか読んできて

この詩に巡り合うと

これまで読んで来た詩と異なる世界に降り立つようです。

 

この経験は

新しいコンチェルト(協奏曲)の名演奏を聴くときの

新鮮な気持ちに似ています。

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