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2017年5月19日 (金)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その16/「無題」

 

 

「無題」は

題が付けられなかった詩であるというよりも

「無題」という題の詩です。

 

題名を付けていない詩は

未完成であり

未発表ですが

「無題」は「無題」という詩で完成品ですし

発表された作品です。

 

現状(というのは最終形態である「山羊の歌」の中の詩)に至る

詩内容の変遷を知ることが

完成品を理解するのに役立つことでしょうが

まずは(最終的にも)

詩を読むことが「無題」という詩に近づく一番の近道となります。

 

 

無 題

 

   Ⅰ

 

こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに、

私は強情だ。ゆうべもおまえと別れてのち、

酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝

目が覚めて、おまえのやさしさを思い出しながら

私は私のけがらわしさを歎(なげ)いている。そして

正体もなく、今茲(ここ)に告白をする、恥もなく、

品位もなく、かといって正直さもなく

私は私の幻想に駆られて、狂い廻(まわ)る。

人の気持ちをみようとするようなことはついになく、

こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに

私は頑(かたく)なで、子供のように我儘(わがまま)だった!

目が覚めて、宿酔(ふつかよい)の厭(いと)うべき頭の中で、

戸の外の、寒い朝らしい気配(けはい)を感じながら

私はおまえのやさしさを思い、また毒づいた人を思い出す。

そしてもう、私はなんのことだか分らなく悲しく、

今朝はもはや私がくだらない奴だと、自(みずか)ら信ずる!

 

   Ⅱ

 

彼女の心は真(ま)っ直(すぐ)い!

彼女は荒々しく育ち、

たよりもなく、心を汲(く)んでも

もらえない、乱雑な中に

生きてきたが、彼女の心は

私のより真っ直いそしてぐらつかない。

 

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に

彼女は賢くつつましく生きている。

あまりにわいだめもない世の渦(うず)のために、

折(おり)に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、

而(しか)もなお、最後の品位をなくしはしない

彼女は美しい、そして賢い!

 

甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!

しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。

我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、

彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、

唯(ただ)、人という人が、みんなやくざなんだと思っている。

そして少しはいじけている。彼女は可哀想(かわいそう)だ!

 

   Ⅲ

 

かくは悲しく生きん世に、なが心

かたくなにしてあらしめな。

われはわが、したしさにはあらんとねがえば

なが心、かたくなにしてあらしめな。

 

かたくなにしてあるときは、心に眼(まなこ)

魂に、言葉のはたらきあとを絶つ

なごやかにしてあらんとき、人みなは生れしながらの

うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

 

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて

悪酔の、狂い心地に美を索(もと)む

わが世のさまのかなしさや、

 

おのが心におのがじし湧(わ)きくるおもいもたずして、

人に勝(まさ)らん心のみいそがわしき

熱を病(や)む風景ばかりかなしきはなし。

 

   Ⅳ

 

私はおまえのことを思っているよ。

いとおしい、なごやかに澄んだ気持の中に、

昼も夜も浸っているよ、

まるで自分を罪人ででもあるように感じて。

 

私はおまえを愛しているよ、精一杯だよ。

いろんなことが考えられもするが、考えられても

それはどうにもならないことだしするから、

私は身を棄ててお前に尽そうと思うよ。

 

またそうすることのほかには、私にはもはや

希望も目的も見出せないのだから

そうすることは、私に幸福なんだ。

 

幸福なんだ、世の煩(わずら)いのすべてを忘れて、

いかなることとも知らないで、私は

おまえに尽(つく)せるんだから幸福だ!

  

    Ⅴ 幸福

 

幸福は厩(うまや)の中にいる

藁(わら)の上に。

幸福は

和(なご)める心には一挙にして分る。

 

  頑(かたく)なの心は、不幸でいらいらして、

   せめてめまぐるしいものや

  数々のものに心を紛(まぎ)らす。

   そして益々(ますます)不幸だ。

 

幸福は、休んでいる

そして明らかになすべきことを

少しづつ持ち、

幸福は、理解に富んでいる。

 

  頑なの心は、理解に欠けて、

   なすべきをしらず、ただ利に走り、

   意気銷沈(いきしょうちん)して、怒りやすく、

   人に嫌われて、自(みずか)らも悲しい。

 

されば人よ、つねにまず従(したが)わんとせよ。

従いて、迎えられんとには非ず、

従うことのみ学びとなるべく、学びて

汝(なんじ)が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため!

  

(「新編中原中也全集」第2巻より。現代かなに変えました。)

 

 

 

「無題」ははじめ

この詩の第3節「Ⅲ」だけの

「詩友に」という題の詩でした。

 

「詩友に」は4連の独立したソネット形式で

「白痴群」に発表されたのが 

昭和4年(1929年)4月1日付けの創刊号でした。

 

昭和5年(1930年)4月1日付け発行の

「白痴群」第6号は終刊号ですが

この号に発表されたときに「詩友に」は

「無題」の第3節に組み込まれ

「詩友に」という題は削除されました。

 

この「無題」とほぼ同じ内容が

「山羊の歌」に収録されました。

 

 

以上の経過が

「無題」の変遷ということになります。

 

 

「詩友に」の詩友たちは

言うまでもなく

「白痴群」の同人や

広く、詩を目指す人々を指していますが

この中に長谷川泰子が含まれているところに

「無題」というタイトルになった理由があります。

 

「無題」が恋の詩でもある理由も

ここにありますが

全体重をかけて歌った恋の詩に

恋のタイトルをつけることを無用とした

詩人のこころが見えてくるような詩でもあります。

 

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