カテゴリー

2023年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その17/「汚れっちまった悲しみに…… 」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」 »

2017年5月23日 (火)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その18/「秋 」

 

 

初期詩篇

少年時

みちこ

羊の歌

――で構成される「山羊の歌」中の恋の詩は

これらの章が変るにつれて

微妙な変化をこうむっていくようでありますが

さてではどんな変化かというと

明確に言い切ることができないような変化です。

 

 

「山羊の歌」中「秋」には

「秋」

「雪の宵」

「生い立ちの歌」

「時こそ今は……」

――の恋歌がありますが

章題と同じタイトルの「秋」では

僕は死の予感の中にあり(1)

恋人と死の直前にかわす会話が詩になり(2)

やがて死んだ時の様子が恋人に語られる(3)ことになります。

 

 

 

   1

 

昨日まで燃えていた野が

今日茫然として、曇った空の下につづく。

一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う

秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、

草の中の、ひともとの木の中に。

 

僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が

澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。

地平線はみつめようにもみつめられない

陽炎(かげろう)の亡霊達が起(た)ったり坐(すわ)ったりしているので、

――僕は蹲(しゃが)んでしまう。

 

鈍い金色を滞びて、空は曇っている、――相変らずだ、――

とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまう。

僕は倦怠(けんたい)を観念して生きているのだよ、

煙草の味が三通(みとお)りくらいにする。

死ももう、とおくはないのかもしれない……

 

    2

 

『それではさよならといって、

みょうに真鍮(しんちゅう)の光沢かなんぞのような笑(えみ)を湛(たた)えて彼奴(あいつ)は、

あのドアの所を立ち去ったのだったあね。

あの笑いがどうも、生きてる者のようじゃあなかったあね。

 

彼奴(あいつ)の目は、沼の水が澄(す)んだ時かなんかのような色をしてたあね。

話してる時、ほかのことを考えているようだったあね。

短く切って、物を云うくせがあったあね。

つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

 

『ええそうよ。――死ぬってことが分っていたのだわ?

星をみてると、星が僕になるんだなんて笑ってたわよ、たった先達(せんだって)よ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

たった先達よ、自分の下駄(げた)を、これあどうしても僕のじゃないっていうのよ。』

 

   3

 

草がちっともゆれなかったのよ、

その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。

浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立ってそれを見てるのよ。

あたしこっちからあの人の様子 見てたわよ。

あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。

お豆腐屋の笛が方々(ほうぼう)で聞えていたわ、

あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、

――僕、ってあの人あたしの方を振向(ふりむ)くのよ、

昨日三十貫(かん)くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。

――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。

するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、

怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。

 

死ぬまえってへんなものねえ……

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)

 

 

恋の季節は流れて

ぞくっとする秋風が吹いています。

 

恋人の語る言葉だけで

秋の訪れが歌われます。

 

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その17/「汚れっちまった悲しみに…… 」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」 »

0169折りにふれて読む名作・選」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その17/「汚れっちまった悲しみに…… 」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」 »