中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その18/「秋 」
初期詩篇
少年時
みちこ
秋
羊の歌
――で構成される「山羊の歌」中の恋の詩は
これらの章が変るにつれて
微妙な変化をこうむっていくようでありますが
さてではどんな変化かというと
明確に言い切ることができないような変化です。
◇
「山羊の歌」中「秋」には
「秋」
「雪の宵」
「生い立ちの歌」
「時こそ今は……」
――の恋歌がありますが
章題と同じタイトルの「秋」では
僕は死の予感の中にあり(1)
恋人と死の直前にかわす会話が詩になり(2)
やがて死んだ時の様子が恋人に語られる(3)ことになります。
◇
秋
1
昨日まで燃えていた野が
今日茫然として、曇った空の下につづく。
一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う
秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、
草の中の、ひともとの木の中に。
僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が
澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎(かげろう)の亡霊達が起(た)ったり坐(すわ)ったりしているので、
――僕は蹲(しゃが)んでしまう。
鈍い金色を滞びて、空は曇っている、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまう。
僕は倦怠(けんたい)を観念して生きているのだよ、
煙草の味が三通(みとお)りくらいにする。
死ももう、とおくはないのかもしれない……
2
『それではさよならといって、
みょうに真鍮(しんちゅう)の光沢かなんぞのような笑(えみ)を湛(たた)えて彼奴(あいつ)は、
あのドアの所を立ち去ったのだったあね。
あの笑いがどうも、生きてる者のようじゃあなかったあね。
彼奴(あいつ)の目は、沼の水が澄(す)んだ時かなんかのような色をしてたあね。
話してる時、ほかのことを考えているようだったあね。
短く切って、物を云うくせがあったあね。
つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』
『ええそうよ。――死ぬってことが分っていたのだわ?
星をみてると、星が僕になるんだなんて笑ってたわよ、たった先達(せんだって)よ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たった先達よ、自分の下駄(げた)を、これあどうしても僕のじゃないっていうのよ。』
3
草がちっともゆれなかったのよ、
その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。
浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立ってそれを見てるのよ。
あたしこっちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々(ほうぼう)で聞えていたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、ってあの人あたしの方を振向(ふりむ)くのよ、
昨日三十貫(かん)くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。
――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。
死ぬまえってへんなものねえ……
(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)
◇
恋の季節は流れて
ぞくっとする秋風が吹いています。
恋人の語る言葉だけで
秋の訪れが歌われます。
« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その17/「汚れっちまった悲しみに…… 」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」 »
「0169折りにふれて読む名作・選」カテゴリの記事
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その8(2018.01.23)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その7(2018.01.22)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その6(2018.01.19)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その5(2018.01.18)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その4(2018.01.17)
« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その17/「汚れっちまった悲しみに…… 」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」 »
コメント