中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その19/「雪の宵」
恋は終わっても
思い出すといとしくてしかたない――。
◇
今、目の前にあるのは
ホテルの煙突です。
そこに恋人はいません。
◇
雪の宵
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か囁きか 白
秋
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。
今夜み空はまっ暗で、
暗い空から降る雪は……
ほんに別れたあのおんな、
いまごろどうしているのやら。
ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら
徐(しず)かに私は酒のんで
悔(くい)と悔とに身もそぞろ。
しずかにしずかに酒のんで
いとしおもいにそそらるる……
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)
◇
ホテルの煙突が
ふかふかと煙を吐いて
赤い火の粉が跳ねる、という現在形。
恋は現在形の中に
思い出されるだけのものです。
過去のものです。
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