カテゴリー

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その20/「寒い夜の自我像」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その22/「羊の歌」 »

2017年5月26日 (金)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その21/「コキュ―の憶い出」

 

 

「寒い夜の自我像」に出てくる自我像は

自画像の書き間違いや誤植なのではありません。

 

自我(=エゴ)の意味を

自画(=draw myself)に含ませようとした

詩人の造語です。

 

 

この語「自我像」が現われる詩が

ほかにもあります。

 

 

コキューの憶い出

 

その夜私は、コンテで以(もっ)て自我像を画(か)いた

風の吹いてるお会式(えしき)の夜でした

 

打叩(うちたた)く太鼓の音は風に消え、

私の机の上ばかり、あかあかと明り、

 

女はどこで、何を話していたかは知る由(よし)もない

私の肖顏(にがお)は、コンテに汚れ、

 

その上に雨でもバラつこうものなら、

まこと傑作な自我像は浮び、

 

軋(きし)りゆく、終夜電車は、

悲しみの余裕を奪い、

 

あかあかと、あかあかと私の画用紙の上は、

けれども悲しい私の肖顏が浮んでた。

 

(「新編中原中也全集」第2巻「早大ノート」より。現代かなに変えました。)

 

 

コキュ―はcocuというフランス語で

妻に密通されてしまった男のこと。

 

文学の先輩、小林秀雄と長谷川泰子の密会にはじまる

「奇怪な三角関係」(小林秀雄)を

中原中也の側に焦点を当てたときに使われます。

 

 

この詩の草稿は「早大ノート」に残されてあり

昭和6年(1931年)10月中旬の制作と推定されています。

 

泰子が小林の元へ走った事件が起きたのは

大正14年(1925年)11月下旬ですから

およそ6年前の出来事が

自我像を描く行為の中に思い出されるという構成の詩

――と読めば

まるでリアリズムの詩となるばかりですが。

 

詩人のこうむった痛手は

6年を経ても

癒えることがなかったことを物語り

このように真正面から傷に向かうことによって

一歩でも前に進もうとした形跡であることも確かでしょう。

 

 

中原中也の恋の詩の深みは

この辺の事情に発生していると言えるほど

大正11年の出来事は大きな事件でした。

 

 

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その20/「寒い夜の自我像」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その22/「羊の歌」 »

0169折りにふれて読む名作・選」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その20/「寒い夜の自我像」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その22/「羊の歌」 »