中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その21/「コキュ―の憶い出」
「寒い夜の自我像」に出てくる自我像は
自画像の書き間違いや誤植なのではありません。
自我(=エゴ)の意味を
自画(=draw myself)に含ませようとした
詩人の造語です。
◇
この語「自我像」が現われる詩が
ほかにもあります。
◇
コキューの憶い出
その夜私は、コンテで以(もっ)て自我像を画(か)いた
風の吹いてるお会式(えしき)の夜でした
打叩(うちたた)く太鼓の音は風に消え、
私の机の上ばかり、あかあかと明り、
女はどこで、何を話していたかは知る由(よし)もない
私の肖顏(にがお)は、コンテに汚れ、
その上に雨でもバラつこうものなら、
まこと傑作な自我像は浮び、
軋(きし)りゆく、終夜電車は、
悲しみの余裕を奪い、
あかあかと、あかあかと私の画用紙の上は、
けれども悲しい私の肖顏が浮んでた。
(「新編中原中也全集」第2巻「早大ノート」より。現代かなに変えました。)
◇
コキュ―はcocuというフランス語で
妻に密通されてしまった男のこと。
文学の先輩、小林秀雄と長谷川泰子の密会にはじまる
「奇怪な三角関係」(小林秀雄)を
中原中也の側に焦点を当てたときに使われます。
◇
この詩の草稿は「早大ノート」に残されてあり
昭和6年(1931年)10月中旬の制作と推定されています。
泰子が小林の元へ走った事件が起きたのは
大正14年(1925年)11月下旬ですから
およそ6年前の出来事が
自我像を描く行為の中に思い出されるという構成の詩
――と読めば
まるでリアリズムの詩となるばかりですが。
詩人のこうむった痛手は
6年を経ても
癒えることがなかったことを物語り
このように真正面から傷に向かうことによって
一歩でも前に進もうとした形跡であることも確かでしょう。
◇
中原中也の恋の詩の深みは
この辺の事情に発生していると言えるほど
大正11年の出来事は大きな事件でした。
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