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2017年5月28日 (日)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その22/「羊の歌」

 

 

中原中也の恋の詩の深みは

それをLove song と言うには

あまりに広大な意味が含まれるため

わざわざ恋唄とカテゴライズするまでもないのですが

かといって思想詩とか抒情詩とかと言うだけでも

物足りないものが多いので

やはりここで読んでおきたい詩があります。

 

「山羊の歌」最終章の「羊の歌」です。

 

 

羊の歌

        安原喜弘に

 

   Ⅰ 祈 り

 

死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!

この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!

それよ、私は私が感じ得なかったことのために、

罰されて、死は来たるものと思うゆえ。

 

ああ、その時私の仰向かんことを!

せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

 

   Ⅱ

 

思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、

わが裡(うち)より去れよかし!

われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、

とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。

 

交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、

更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!

 

われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、

わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。

 

汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ

見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、

ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、

 

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、

わが裡より去れよかし去れよかし!

われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず

 

   Ⅲ

 

我が生は恐ろしい嵐のようであった、

其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。

                    ボードレール

 

九歳の子供がありました

女の子供でありました

世界の空気が、彼女の有であるように

またそれは、凭(よ)っかかられるもののように

彼女は頸(くび)をかしげるのでした

私と話している時に。

 

私は炬燵(こたつ)にあたっていました

彼女は畳に坐っていました

冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前

私の室には、陽がいっぱいでした

彼女が頸かしげると

彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。

 

私を信頼しきって、安心しきって

かの女の心は密柑(みかん)の色に

そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって

鹿のように縮かむこともありませんでした

私はすべての用件を忘れ

この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。

 

   Ⅳ

 

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心

夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて

思いなき、思いを思う 単調の

つまし心の連弾(れんだん)よ……

 

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば

旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり

いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず

旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

 

思いなき、おもいを思うわが胸は

閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ

しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)

酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

 

これやこの、慣れしばかりに耐えもする

さびしさこそはせつなけれ、みずからは

それともしらず、ことように、たまさかに

ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)

 

 

 

この詩の「Ⅲ」「Ⅳ」あたりに

女性は影のように現れます。

 

「Ⅲ」の少女は

まさしく少女以外ではありませんが

愛する女性の

少女のような一面を捉えた喩(メタファー)として読むことも可能ですし

「Ⅳ」の最終行(この詩の最終行)

ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

――は

人(女性)を恋する涙のことではもはやなくて……

――と読むことができて

まさに恋以上のこころについて歌っている詩ということになります。

 

 

この詩は

恋を否定したものではありません。

 

恋と呼ぶに呼べない

呼ばなくてもよいが

そのこころを含めてそれ以上のこころを歌っています。

 

 

「羊の歌」の次に配置された「憔悴」は

ズバリ恋愛詩そのものの意義についての

詩人の思索が深められます。

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