中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その9/「追懐」
一度使われた詩の言葉が
他の詩に再び現れることはよくあることですが
詩に謎めいた内容があるとき
それらを比較して
詩の味わいを深める手立てにすることは
それほど乱暴なことではありません。
何らかの手がかりが
つかめるかもしれないのですから
自然な方法の一つでしょう。
◇
「青い瞳」の謎を解きほぐす材料になるかどうか、
「追懐」という未発表詩には
「黄色い灯影」という詩語が使われていますが
これは「青い瞳」にも出てきました。
◇
追 懐
あなたは私を愛し、
私はあなたを愛した。
あなたはしっかりしており、
わたしは真面目であった。――
人にはそれが、嫉(ねた)ましかったのです、多分、
そしてそれを、偸(ぬす)もうとかかったのだ。
嫉み羨(うらや)みから出発したくどきに、あなたは乗ったのでした、
――何故(なぜ)でしょう?――何かの拍子……
そうしてあなたは私を別れた、
あの日に、おお、あの日に!
曇って風ある日だったその日は。その日以来、
もはやあなたは私のものではないのでした。
私は此処(ここ)にいます、黄色い灯影に、
あなたが今頃笑っているかどうか、――いや、ともすればそんなこと、想っていたりするのです
(一九二九・七・一四)
(「新編中原中也全集」第2巻所収「ノート小年時」より。新かなに変えました。)
◇
詩末に付記されているように
この詩は1929年(昭和4年)7月14日に制作されました。
「青い瞳」の制作は1935年(昭和10年)10月と推定されていますから
6年近くの隔たりがありますが
両者はまったく関係ないものとは
とても思えないほどに
特定の場面が鮮やかに浮かんできます。
それは男と女の離別の場面ですが
「追憶」の場面が「青い瞳」の場面につながる理由は
何一つ見つかりません。
「黄色い灯影」という詩語以外に。
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