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2017年6月 3日 (土)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その26/「六月の雨」



冒頭連に

眼(まなこ)うるめる 面長(おもなが)き女(ひと)

――とある、

このモジリアニの絵のような女性はだれだろう。


「六月の雨」では

真っ先にこの謎にぶつかります。


すると自然に浮かんでくるのは

やはり長谷川泰子ですが……。





六月の雨

 

またひとしきり 午前の雨が

菖蒲(しょうぶ)のいろの みどりいろ

眼(まなこ)うるめる 面長(おもなが)き女(ひと)

たちあらわれて 消えてゆく


たちあらわれて 消えゆけば

うれいに沈み しとしとと

畠(はたけ)の上に 落ちている

はてしもしれず 落ちている


       お太鼓(たいこ)叩(たた)いて 笛吹いて

       あどけない子が 日曜日

       畳の上で 遊びます


       お太鼓叩いて 笛吹いて

       遊んでいれば 雨が降る

       櫺子(れんじ)の外に 雨が降る


(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)





この詩もまた

リアリズムの詩ではないのですから

面長の女のモデルを探すのは無理なのですが

ついつい長谷川泰子をイメージしてしまうのは

詩人が意図する意図しないに関係なく

詩人の作る(創る)詩に現れる女性が

長谷川泰子と切り離せないイメージとして

定着してしまった歴史があるから

無理もないことでもあるのです。





この詩の醍醐味(見事さ)は

眼(まなこ)うるめる 面長(おもなが)き女(ひと)

――が

菖蒲(しょうぶ)のいろの みどりいろ

――という前行から連続し

菖蒲の緑が、女性の眼につながっていく

錯覚のような、めまいのような小さな混乱を

混乱ではなく統制する作りが施されているところにあり

この作りは

以後、全行にわたって展開されているところです。


仕舞いには

幼児がおもちゃの太鼓を叩いて遊ぶ

畳のうえのシーンへと移る

幻想のような

雨に見入ったことのある人なら

見覚えのあるような懐かしくはかない記憶が

よみがえってくるような

なんとも甘酸っぱいようなほろ苦いようなところです。





はて、さて、

この女性への恋心を

否定することはできるでしょうか。





昭和11年(1936年)の「文学界」7月号で発表された

文学界賞で選外1席となり受賞を逸した作品。


同年4月と推定される

晩年の制作です。

(「新編中原中也全集」より。)

晩年(といっても詩人29歳の年ですが)にも

泰子は歌われました。


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