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« 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その29/「秋の日」 | トップページ | 中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その31/「冬の夜」 »

2017年6月 8日 (木)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その30/「湖上」

 

 

 

これほど輪郭のくっきりした恋の詩は

中也の詩の中でも類例はわずかでしょう。

 

幸福感でいっぱいのようですし

快活であるばかりなのが

かえって怖いくらいです。

 

 

湖 上

 

ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮べて出掛けましょう。

波はヒタヒタ打つでしょう、

風も少しはあるでしょう。

 

沖に出たらば暗いでしょう、

櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音(ね)は

昵懇(ちか)しいものに聞こえましょう、

――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

 

月は聴き耳立てるでしょう、

すこしは降りても来るでしょう、

われら接唇(くちづけ)する時に

月は頭上にあるでしょう。

 

あなたはなおも、語るでしょう、

よしないことや拗言(すねごと)や、

洩(も)らさず私は聴くでしょう、

――けれど漕(こ)ぐ手はやめないで。

 

ポッカリ月が出ましたら、

舟を浮べて出掛けましょう、

波はヒタヒタ打つでしょう、

風も少しはあるでしょう。

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)

 

 

絵筆で描いたような

この幸福の裏の苦境について

知る必要があるでしょうか。

 

 

知らないでこの詩を読んで

苦悩のひとかけらもない幸福感に共鳴する自由が

この詩の読者には開けています。

 

それはそれで構わないのですが

詩人の苦境を知ったうえでこれを読めば

味わいも深くなるのなら

やはり知っておいたほうがベターということになる

詩人の状況があります。

 

 

この詩の第1次形態の末尾に

「15、6、1930、」の日付があり

昭和5年(1930年)6月15日に制作されたことがわかっています。

 

23歳になる年で

詩人が主導して発行していた同人誌「白痴群」が

廃刊になった年です。

 

同人たちとの離散でこうむった傷痕が癒えていません。

 

長谷川泰子は

築地小劇場の演出家、山川幸世と親しくなり

懐胎していました。

 

(以上「新編中原中也全集」より。)

 

 

泰子の消息をどれほど

中也がつかんでいたのか

はっきりしてはいませんが

距離は次第に大きくなっていたことが想像できます。

 

 

こういう背景の中で

「湖上」は作られました。

 

ポッカリ月が出ましたら、

沖に出たらば

――という仮定には

願望が重なっています。

 

仮定であり願望であるから

恋の詩が

はっきりとした輪郭をもつことになりました。

 

猥雑な物事を含む現実の

ゴミゴミとした感情関係がそぎ落とされ

願望が純化されました。

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