中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その31/「冬の夜」
「湖上」の次に配置された「冬の夜」ははじめ
昭和8年(1933年)1月30日付けの
安原喜弘宛書簡に同封されていた詩篇です。
この前日の書簡(29日付け)もあり
詩人は28日夜の銀座での飲み会にふれて
自らを「一人でカーニバルをやっていた男」と記し
同行していた親友、安原へ
反省とお詫びの言葉を書き送るとともに
この詩を同封しました。
◇
冬の夜
みなさん今夜は静かです
薬鑵(やかん)の音がしています
僕は女を想(おも)ってる
僕には女がないのです
それで苦労もないのです
えもいわれない弾力の
空気のような空想に
女を描(えが)いてみているのです
えもいわれない弾力の
澄み亙(わた)ったる夜(よ)の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みているのです
かくて夜(よ)は更(ふ)け夜は深まって
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです
2
空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです
空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のような
その手の弾力のような やわらかい またかたい
かたいような その手の弾力のような
煙のような その女の情熱のような
炎(も)えるような 消えるような
冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです
(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)
◇
「冬の夜」が
このカーニバルの興奮冷めやらぬ間に
書かれたものであることが分かりますが
詩は幾分か酔い覚めの気分を残しつつ
祭りの後の深い孤独感がにじみでる内容になりました。
◇
「湖上」の次に配置されているのは
それなりの意図があることでしょう。
「冬の夜」は
「湖上」と表裏(おもてうら)の関係にある作品であるのがわかります。
僕は女を想(おも)ってる
僕には女がないのです
――という心境(状況)が底にあります。
両作品ともに
この心境に真正面から向かった結果
異なる表現に至ったと言ってよい詩です。
◇
中原中也は
銀座の酒場に出かける先々で喧嘩が起こり
その喧嘩も
中也が吹っかけては
相手に殴られることが多かったものだったらしい。
「ウインザー」や「エスパニョール」といった
銀座の酒場での「一人カーニバル」については
安原喜弘のほか
青山二郎らの目撃証言があり
いまや伝説になっています。
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