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2017年6月12日 (月)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その32/「秋日狂乱」

 

「白痴群」の解体と

同人たちの離散と

同時に進行した長谷川泰子との別離。

 

大都会に一人ぼっちで投げ出された

――という絶対孤絶の中で

詩人の酒場通いは足繁くなりましたが

詩作やランボーの翻訳(フランス語の勉強)への意欲は衰えず

後に「詩的履歴書」に記した「以後雌伏」とは

充電のことであったことが理解できます。

 

 

これは

誤解されがちな

中原中也という詩人の強さでした。

 

徒手空拳とか

無一物とかの強さでした。

 

 

秋日狂乱

 

 

僕にはもはや何もないのだ

僕は空手空拳(くうしゅくうけん)だ

おまけにそれを嘆(なげ)きもしない

僕はいよいよの無一物(むいちもつ)だ

 

それにしても今日は好いお天気で

さっきから沢山の飛行機が飛んでいる

――欧羅巴(ヨーロッパ)は戦争を起(おこ)すのか起さないのか

誰がそんなこと分るものか

 

今日はほんとに好いお天気で

空の青も涙にうるんでいる

ポプラがヒラヒラヒラヒラしていて

子供等(こどもら)は先刻(せんこく)昇天した

 

もはや地上には日向(ひなた)ぼっこをしている

月給取の妻君(さいくん)とデーデー屋さん以外にいない

デーデー屋さんの叩(たた)く鼓(つづみ)の音が

明るい廃墟を唯(ただ)独りで讃美(さんび)し廻(まわ)っている

 

ああ、誰か来て僕を助けて呉れ

ジオゲネスの頃には小鳥くらい啼(な)いたろうが

きょうびは雀(すずめ)も啼いてはおらぬ

地上に落ちた物影でさえ、はや余(あま)りに淡(あわ)い!

 

――さるにても田舎(いなか)のお嬢さんは何処(どこ)に去(い)ったか

その紫の押花(おしばな)はもうにじまないのか

草の上には陽は照らぬのか

昇天(しょうてん)の幻想だにもはやないのか?

 

僕は何を云(い)っているのか

如何(いか)なる錯乱(さくらん)に掠(かす)められているのか

蝶々はどっちへとんでいったか

今は春でなくて、秋であったか

 

ではああ、濃いシロップでも飲もう

冷たくして、太いストローで飲もう

とろとろと、脇見もしないで飲もう

何にも、何にも、求めまい!……

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)

 

 

「狂」を演じてみたり

道化を装(よそお)ったり

政治に無関心の振りをしたり

女性を前面で歌わなくなったり、と。

 

 

詩に現れる恋(女性)は

遠景になり

点景になり

借景になり。

 

しかし、

消えてしまったわけではありません。

 

途絶えることなく

中也の詩世界の重要なモチーフとして

現われつづけます。

 

 

「秋日狂乱」のこの

田舎(いなか)のお嬢さん

――は、やはりこの詩の中心部に位置しています。

 

第1次形態(初稿)の制作は

昭和10年(1935年)10月ですが

同じ頃の作品に「青い瞳」があり

この謎のような「瞳」とのつながりが

おぼろげに見えてきますが

本当のところは謎のままです。

 

 

この詩の制作の2年前の昭和8年(1933年)12月に

詩人は遠縁の女性、上野孝子と結婚しています。

 

詩に現れる女性が

実生活のこの変化の影響を受けているのか

そのことへの興味も尽きませんが 

その答もまた詩の中にしか存在しません。

 

 

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