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2017年6月18日 (日)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その36/「雪の賦」

 

 

「独身者」は

「在りし日の歌」の前章「在りし日の歌」の

終わりから数えて4番目にあり

その前に「雪の賦」「わが半生」があります。

 

思い出を誘発する雪の景色を歌い

自らの来し方(こしかた)を辿る詩が並びますが

「在りし日の歌」全体が

みんな過ぎ去りし日の歌ですから

特別なことではありませんし

過去のものには恋も含まれているところには

聴き耳を立ててよいことでしょう。

 

恋はすでに

在りし日(=過去)のもので

遠景に退き

雪景色の中に形跡をとどめます。

 

 

雪の賦

 

雪が降るとこのわたくしには、人生が、

かなしくもうつくしいものに――

憂愁(ゆうしゅう)にみちたものに、思えるのであった。

 

その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、

大高源吾(おおたかげんご)の頃にも降った……

 

幾多(あまた)々々の孤児の手は、

そのためにかじかんで、

都会の夕べはそのために十分悲しくあったのだ。

 

ロシアの田舎の別荘の、

矢来(やらい)の彼方(かなた)に見る雪は、

うんざりする程永遠で、

 

雪の降る日は高貴の夫人も、

ちっとは愚痴(ぐち)でもあろうと思われ……

 

雪が降るとこのわたくしには、人生が

かなしくもうつくしいものに――

憂愁にみちたものに、思えるのであった。

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えてあります。)

 

 

長谷川泰子との恋物語は思い出になり

ロシアの高貴な夫人に姿を変えています。

 

そのうえ

人生の一コマのようです。

 

その人生は

かなしくもうつくしいもの

憂愁にみちたもの

――と思える現在の心境を歌ったのです。

 

雪はいま間近にありますが

遠い時間へさかのぼり

遠い遠いロシアの雪原に飛ぶ遠景に

高貴な夫人(泰子)は在ります。

 

 

この詩は「四季」の昭和11年(1936年)5月号に発表されたことから

その2月前の3月制作と推定されています。

 

30歳で死去する

詩人29歳の詩です。

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