中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その36/「雪の賦」
「独身者」は
「在りし日の歌」の前章「在りし日の歌」の
終わりから数えて4番目にあり
その前に「雪の賦」「わが半生」があります。
思い出を誘発する雪の景色を歌い
自らの来し方(こしかた)を辿る詩が並びますが
「在りし日の歌」全体が
みんな過ぎ去りし日の歌ですから
特別なことではありませんし
過去のものには恋も含まれているところには
聴き耳を立ててよいことでしょう。
恋はすでに
在りし日(=過去)のもので
遠景に退き
雪景色の中に形跡をとどめます。
◇
雪の賦
雪が降るとこのわたくしには、人生が、
かなしくもうつくしいものに――
憂愁(ゆうしゅう)にみちたものに、思えるのであった。
その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、
大高源吾(おおたかげんご)の頃にも降った……
幾多(あまた)々々の孤児の手は、
そのためにかじかんで、
都会の夕べはそのために十分悲しくあったのだ。
ロシアの田舎の別荘の、
矢来(やらい)の彼方(かなた)に見る雪は、
うんざりする程永遠で、
雪の降る日は高貴の夫人も、
ちっとは愚痴(ぐち)でもあろうと思われ……
雪が降るとこのわたくしには、人生が
かなしくもうつくしいものに――
憂愁にみちたものに、思えるのであった。
(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えてあります。)
◇
長谷川泰子との恋物語は思い出になり
ロシアの高貴な夫人に姿を変えています。
そのうえ
人生の一コマのようです。
その人生は
かなしくもうつくしいもの
憂愁にみちたもの
――と思える現在の心境を歌ったのです。
雪はいま間近にありますが
遠い時間へさかのぼり
遠い遠いロシアの雪原に飛ぶ遠景に
高貴な夫人(泰子)は在ります。
◇
この詩は「四季」の昭和11年(1936年)5月号に発表されたことから
その2月前の3月制作と推定されています。
30歳で死去する
詩人29歳の詩です。
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