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2017年6月19日 (月)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その37/「ゆきてかえらぬ」

 

 

「在りし日の歌」の後章「永訣の秋」には

16篇が収められています。

 

詩人は「永訣」に

亡き長男・文也との別れの意志を込め

同時にそれまでの詩人の生活に別れを告げて

心機一転をはかったものと解釈されています。

(「新編中原中也全集」)

 

宮沢賢治の詩集「春と修羅」で早い時期に読んで

「永訣の朝」が念頭にあったらしい。

 

 

その章のトップに

「ゆきてかえらぬ」が置かれています。

 

京都は詩人としての暮らしを出発した場所でした。

 

生れて始めて両親を離れ、飛び立つ思ひなり(「詩的履歴書」)

――と記し残したほどに

京都は

自由への、

自立への、

詩人の出発への

青春の第一歩を刻んだ場所でした。

 

その京都時代を顧みて

心機一転(再出発)を試みます。

 

 

ゆきてかえらぬ

      ――京 都――

 

 僕は此(こ)の世の果てにいた。陽(ひ)は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺っていた。

 

 木橋の、埃(ほこ)りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々(あかあか)と、風車を付けた乳母車(うばぐるま)、いつも街上(がいじょう)に停っていた。

 

 棲む人達は子供等(こどもら)は、街上に見えず、僕に一人の縁者(みより)なく、風信機(かざみ)の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

 

 さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜(みつ)があり、物体ではないその蜜は、常住(じょうじゅう)食(しょく)すに適していた。

 

 煙草(たばこ)くらいは喫(す)ってもみたが、それとて匂(にお)いを好んだばかり。おまけに僕としたことが、戸外(そと)でしか吹かさなかった。

 

 さてわが親しき所有品(もちもの)は、タオル一本。枕は持っていたとはいえ、布団(ふとん)ときたらば影(かげ)だになく、歯刷子(はぶらし)くらいは持ってもいたが、たった一冊ある本は、中に何も書いてはなく、時々手にとりその目方(めかた)、たのしむだけのものだった。

 

 女たちは、げに慕(した)わしいのではあったが、一度とて、会いに行こうと思わなかった。夢みるだけで沢山(たくさん)だった。

 

 名状(めいじょう)しがたい何物かが、たえず僕をば促進し、目的もない僕ながら、希望は胸に高鳴っていた。

 

         *           *

               *

 

 林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。

 さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えてあります。)

 

 

冒頭行の、

僕は此(こ)の世の果てにいた。陽(ひ)は温暖に降り洒(そそ)ぎ、風は花々揺っていた。

――と

最終行の、

その空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。

――が

「山羊の歌」の「少年時」に似た輝きを想起させます。

 

ここではギロギロではなく

銀色の輝きですが。

 

この輝きを

いま、詩人は取り戻そうとしているのでしょうか?

 

過去のものとして

もはや回復を諦めているのでしょうか?

 

 

遠い日のことが歌われているのは確かです。

 

遠い日をズームアウトして

捉えようとする視線があります。

 

一歩引いて

俯瞰し

相対化する眼差しが

散文詩を貫いています。

 

 

中に、

女たちや、女や子供が現われますが

京都で起きた最大の事件といって過言ではない

長谷川泰子はその中に含まれていても

存在するかどうかさえ不確かです。

 

ここに泰子はいるでしょうか?

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