中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その43/「漂々と口笛吹いて」」
「漂々と口笛吹いて」は
11月の事件と正面対峙した果てに
秋は主格になり
主格となった秋は擬人化されます。
◇
漂々と口笛吹いて
漂々(ひょうひょう)と 口笛吹いて 地平の辺(べ)
歩き廻(まわ)るは……
一枝(ひとえ)の ポプラを肩に ゆさゆさと
葉を翻(ひるが)えし 歩き廻るは
褐色(かちいろ)の 海賊帽子(かいぞくぼうし) ひょろひょろの
ズボンを穿(は)いて 地平の辺
森のこちらを すれすれに
目立たぬように 歩いているのは
あれは なんだ? あれは なんだ?
あれは 単なる呑気者(のんきもの)か?
それともあれは 横著者(おうちゃくもの)か?
あれは なんだ? あれは なんだ?
地平のあたりを口笛吹いて
ああして呑気に歩いてゆくのは
ポプラを肩に葉を翻えし
ああして呑気に歩いてゆくのは
弱げにみえて横著そうで
さりとて別に悪意もないのは
あれはサ 秋サ ただなんとなく
おまえの 意欲を 嗤(わら)いに 来たのサ
あんまり あんまり ただなんとなく
嗤いに 来たのサ おまえの 意欲を
嗤うことさえよしてもいいと
やがてもあいつが思う頃には
嗤うことさえよしてしまえと
やがてもあいつがひきとるときには
冬が来るのサ 冬が 冬が
野分(のわき)の 色の 冬が 来るのサ
(「新編中原中也全集」第1巻より。現代かなに変えました。)
◇
秋が詩のテーマになっても
事件の内容にはいっさい触れられていません。
秋は
別に悪意もなく
ただ口笛を吹いて
呑気に
地平線のあたりを歩いているだけです。
秋が行けば
やがて冬が来るだけの
合図でしかないように
詩人は慣れっこになって
秋と親しんでいるかのよう。
もはや
テーマのようです、
詩の。
◇
制作は昭和11年(1936年)9月、
「少女画報」同11年11月号に発表されました。
戦争前夜です。
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